欲望学ノート4 ハイデガー、志賀直哉、夏目漱石

一ヶ月以上ブログの執筆ができなかった。頭痛と倦怠感に苦しんでいた。夜は熟睡できず、昼は常に眠たかった。集中してものを考えることができなくなったのは、年のせいかと思ったりもした。ベッドで朦朧としながら、私は手許にあった『暗夜行路』や『明暗』などを読んでいた。私のブログの先頭には、執筆をさぼっていたので、でかでかと広告が出た(この記事を書くことでその広告は消えたが)。

しかしよく考えると、私は熱中症の初期症状を呈していたのかもしれない。エアコンから出る人工的な冷たい風が苦手なので、エアコンのスイッチを切り、毎日ビールやら焼酎やらを飲んで寝た。今年はそれがいけなかった。暑い部屋のなかで脱水状態になっていたようだ。アルコールをやめて、エアコンをつけて寝るようにしてから、だんだん体力と集中力が戻ってきた。

今日は、ハイデガーについて少し書き、次回はそれに関連して、志賀直哉と夏目漱石を語ることにする。そして、私の「欲望学」の準備的作業は、しばらくこのブログでは公表しないことにする。公表できる段階になれば、もちろん、ドゥルーズ/ガタリにおける「欲望の概念」が問題になるはずである。ブログでは、『差異と反復』と「《盗まれた手紙》についてのセミナー」の訳し直しと注釈を継続しよう。

さて、『存在と時間』における「欲望する begehren(ベゲーレン)」という動詞の2回目の使用は、原書の347ページに見ることができる。原・渡邊訳を少し変えて引用する。

「好奇心(Neugier ノイギーア)は、徹頭徹尾、非本来的に将来に関わっているのであり、しかも、これはこれでまた、好奇心が可能性というものを予期してはおらず、すでに可能性をただ現実的なものとしてだけおのれの貪欲(Gier ギーア)のなかで欲望する(begehren ベゲーレン)する、というようにして非本来的に将来に関わっているのである。」「第68節 開示性一般の時間性」の「(c)頽落の時間性」。

ハイデガーにおける「好奇心」の概念の解説は脇に置くとして、今問題にしたいのは、現代日本語の「欲望」という言葉がもつ意味、あるいは日本語で生活している人間たちがそれぞれニュアンスを異にしながら使用している「欲望」という言葉の意味である。

たしかに「貪欲」という言葉は、たとえば後漢の時代に成立した『説文解字』にすでに現れているのは知られているが、私はまだ「欲望」という言葉の歴史的由来を確認できていない。しかし、重要なのは、現代日本語の言葉としての「欲望」の意味、あるいはニュアンス、あるいはそれが指し示す事態である。

自分で訳しておきながら、ひっくり返すようだが、「欲望」という日本語の現代的意味を不問にして、あるいは自明なものと考えて、「欲望する」という言葉で、ハイデガーのドイツ語《 Begehren ベゲーレン 》を理解したつもりになっていてよいのか、ということは当然問題にされなければならない。一般に、翻訳者などが用いる日本語の言葉を鵜呑みにして、欧米の思想を理解できるとしてよいのかということだ。これは、翻訳の根幹に関わる問題であり、欧米語による思想を日本語で理解するためには避けて通ることができない問である。

もちろん、日常会話のなかで、「欲望する」の意味を追究せずに「私は寝る前にビールを欲望する」と言うことができるし、日常生活のなかでは、そのような言い回しで十分であろう。

だが、そもそも、日本語の「欲望」が指し示すはずの或る種の状態は、どこに、どのように見いだされるのだろうか。

次回、「欲望」に関して、志賀直哉と夏目漱石の言葉遣いを少しだけ分析してみよう。もちろん、彼らの言葉遣いに純粋な日本語の意味を見てとることができる、などと言いたいわけではない。
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プロフィール

財津理

Author:財津理
思想研究家
法政大学教授
連絡先:za10@hosei.ac.jp

主な翻訳(共訳を含む)
ドゥルーズ『差異と反復』(河出書房新社)
ドゥルーズ『経験論と主体性』(河出書房新社)
ドゥルーズ/ガタリ『哲学と何か』(河出書房新社)
ドゥルーズ『シネマ1*運動イメージ』(法政大学出版局)
モニク・ダヴィド=メナール『ドゥルーズと精神分析』(河出書房新社)
メルキオール『現代フランス思想とは何か』(河出書房新社)
メルキオール『フーコー 全体像と批判』(河出書房新社)
オニール『言語・身体・社会』(新曜社)

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