訳語の統一

2003年3月から、朝日カルチャーセンターでおよそ2年半、「《盗まれた手紙》についてのセミナー」の原文読解を試みたが、その試みの成果を今回さらに修正して公開する。原文の直訳と意訳を同時に遂行する。今後、「《盗まれた手紙》についてのセミナー」を示すためにSLVという略号を用いる。

なお、SLVの試訳の公開に限って、弘文堂から同意を得ている。原文は、ネットで公開されているものを用いる。いずれ、Jacques‐Alain Miller にも面会したいと思っているが、会っていただけるかどうか・・・。

さて、SLVの冒頭の段落のなかで、1番目にprendreという不定詞の三人称単数の活用形prendが使われ、2番目にprendreという不定詞そのものが使われ、3番目にその動詞から派生したpriseという名詞が使われている。これら三つの語は、精神分析学に固有の単語ではない。

機械的に訳語を統一するならば、この三つの語に、同じ日本語の単語を当てなければならない。例えば「把握する」、「把握」。ところが、この一つの段落のなかでさえも、機械的に訳語統一をすると日本語として不自然な翻訳文になる。だがそれでもなお、1番目のprendと3番目のpriseには同じような訳語を当てた方がよい。それによって文意が明瞭になる。

ラカンの原文には訳語統一を阻むものがあるが、行き当たりばったりに訳語を決定していては、読者には文脈のとれない翻訳になってしまう。
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プロフィール

財津理

Author:財津理
思想研究家
法政大学教授
連絡先:za10@hosei.ac.jp

主な翻訳(共訳を含む)
ドゥルーズ『差異と反復』(河出書房新社)
ドゥルーズ『経験論と主体性』(河出書房新社)
ドゥルーズ/ガタリ『哲学と何か』(河出書房新社)
ドゥルーズ『シネマ1*運動イメージ』(法政大学出版局)
モニク・ダヴィド=メナール『ドゥルーズと精神分析』(河出書房新社)
メルキオール『現代フランス思想とは何か』(河出書房新社)
メルキオール『フーコー 全体像と批判』(河出書房新社)
オニール『言語・身体・社会』(新曜社)

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