ドゥルーズ『差異と反復』の改訳と解釈3

かつて『差異と反復』を翻訳していたとき、実を言うと、何か猜疑心のようなものに悩まされていた。わたしはドゥルーズの行論に騙されているのではないか、と。しかし、訳を進めるうちにまた深く感動もし、いや「どんなことがあっても」やりとげなければと思いなおす。しかしまた、私の心のなかに疑いの念が湧いてくる。

理解が浅いゆえに、わたしは疑念と感動の渦に巻き込まれていたのだろうか。ともかく、このスパイラルのなかで藻掻きながら、ようやく翻訳は完了した。その後、しばらくのあいだ、自分の訳書を開くと感覚的な苦しさがフラッシュバックするようで、訳文を再検討することがほとんどできなかった。

そのような状態のなかで、『哲学とは何か』を訳し、『シネマ1』に取り組むことになった。有能な協力者を得て、問題になる映画の場面を連続的な静止画にして検討することができたが、翻訳を完成するまでにまた長い時間がかかってしまった。今度は、ヨーロッパ思想の紹介という作業に耐えることが苦しくなっていた。技術上の限界がわたしをそのような状態に追い込んだわけではない、ということは確かだ。そう、よくある日本人的な文化的苦悩を味わっていたということなのだろう・・・。

『シネマ1』を訳しながら、寝る前には古事記や万葉集などを読み、周易を素読していた。

しかし、原発事故の直後、パリで1年間過ごし、アパルトマンやスーパーやメトロのなかで、何人かのフランス人たちから、心温まる言葉をかけてもらった。「何か困ったことがあったら、いつでも私の部屋のドアを叩けよ」、「このスーパーでは、このパテとこのハムが一番うまいぞ、俺の味覚ではな」・・・。幼い子供を連れてメトロに乗っていたときのことだ。少し離れて座っていた一人の乗客が、「わたし、もう降りるし、隣の席も空きそうだから、いらっしゃいよ」と大声で話かけてきた。質素な身なりの女性だった。お礼を言うと、恥ずかしそうに笑顔を見せて降りていった。

パリ第8大学の門のところで、或る女性講師と精神分析学について話をしたことがある。いつの間にかフランス大統領選の話に変わり、それから日本の政治は市民のためにあるのか、それとも国家のためにあるのかという、かなり乱暴な二者択一的な議論になって、結局2時間立ちっぱなしでこの講師に付き合った。今では楽しい思い出である。

ヨーロッパ思想の紹介業者であった私の日本人的な文化的苦悩、それは笑うべき錯覚にすぎなかった。少し疲れただけの話だ。


                         ∴

5月16日の記事「ドゥルーズ『差異と反復』の改訳と解釈2」で、次回は訳文を解説すると書いたが、まだ訳文の量が少ないので、もうしばらく改訳を進めることにしたい。

(原書p96の本文の9行目から。ハードカバー版訳書119頁、本文上段10行目から。)

まず、前回の訳文を少し訂正する。

「 第二章 それ自身へ向う反復

反復、それは何かが変化させられるということ
反復は、反復する事物のなかでは何も変化させないが、反復を観照する精神のなかでは何かを変化させる――ヒュームのこの有名な主張は、わたしたちを、或るひとつの問題の核心に連れていく。現前する〔=呈示される〕それぞれのもの〔例えば時計の音〕は互いに完全に独立しているという意味が、権利上、〔物質的〕反復に折り込まれているのだから、どうして反復は、反復する事例や要素のなかで何かを変化させることがあろうか。反復における不連続性と瞬間性の規則は、次のように定式的に表明される――ひとつのものが消えなければ、もうひとつのものは現れない。例を挙げるなら、瞬間的精神としての物質の状態である。」

(以上に続けて、今回の訳)

「反復は出来あがるそばから壊れてゆくのだから、じっさい、どうしてわたしたちは、「二番目」、「三番目」、また「それは同じだ」と言うことができようか。反復は、即自をもっていないのだ。それに対して、反復は、反復を観照する精神のなかで何かを変化させる。そのようなことが、〔反復における〕変更の本質である。ヒュームは、範例として、〈AB、AB、AB、A・・〉というタイプの反復、つまり事例の反復を取り上げている。どの事例も、すなわち、どの客観的なシークエンス〈AB〉も、ほかの〈AB〉から独立している。反復は、(ただし正確には、わたしたちはまだ反復を語ることはできないのだが)、事物のなかでは、つまり〈AB〉という〈物の状態〉のなかでは、何も変化させない。それに対して、観照する精神のなかでは、ひとつの変化が生じる。すなわち、或るひとつの差異が、何か新たなものが、精神のなかで生じるのである。」
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プロフィール

財津理

Author:財津理
思想研究家
法政大学教授
連絡先:za10@hosei.ac.jp

主な翻訳(共訳を含む)
ドゥルーズ『差異と反復』(河出書房新社)
ドゥルーズ『経験論と主体性』(河出書房新社)
ドゥルーズ/ガタリ『哲学と何か』(河出書房新社)
ドゥルーズ『シネマ1*運動イメージ』(法政大学出版局)
モニク・ダヴィド=メナール『ドゥルーズと精神分析』(河出書房新社)
メルキオール『現代フランス思想とは何か』(河出書房新社)
メルキオール『フーコー 全体像と批判』(河出書房新社)
オニール『言語・身体・社会』(新曜社)

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