「欲望学」ノート1

本日、朝日カルチャーセンター新宿教室で、私の「欲望学」について序奏=助走としての講義をしてきた。

小倉千加子『セックス神話解体新書』1988年、竹村和子『愛について アイデンティティと欲望の政治学』2002年、佐倉智美『性同一性障害の社会学』2006年を取り上げ、女性性、男性性についての内面的定義の可能性を考えてみた。女性の受講生のみなさんと話しあってもみたが、いまは、その難しさを確認できたとしか言うことができない。

ラカンの「カントとサド(サドによるカント、サドと共なるカント)」に関連して、カントの『実践理性批判』における理性を、セクシュアリティから検討したが、時間切れで、次回の講義でさらにこの検討を続けることにした。

「欲望と呼ばれる何事か」が自ら覆いをとって、あるがままに現象する、などと期待できるだろうか。欲望への直接的なアクセスによるその記述、これは可能だろうか。

私の「欲望学」が政治的意味をもちうるかどうか、まだわからない。

西洋哲学史を、「欲望」の観点から再検討すること。たとえば、ドゥルーズとヘーゲルの対決を展開すること。
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プロフィール

財津理

Author:財津理
思想研究家
法政大学教授
連絡先:za10@hosei.ac.jp

主な翻訳(共訳を含む)
ドゥルーズ『差異と反復』(河出書房新社)
ドゥルーズ『経験論と主体性』(河出書房新社)
ドゥルーズ/ガタリ『哲学と何か』(河出書房新社)
ドゥルーズ『シネマ1*運動イメージ』(法政大学出版局)
モニク・ダヴィド=メナール『ドゥルーズと精神分析』(河出書房新社)
メルキオール『現代フランス思想とは何か』(河出書房新社)
メルキオール『フーコー 全体像と批判』(河出書房新社)
オニール『言語・身体・社会』(新曜社)

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