ラカンSLV翻訳と注釈14:欲望を抑圧するハイデガー。 カント、サド、ラカンをめぐって。

少し脱線しているが、前回私は、ラカンの《 pathologique パトロジック》はカントの《 pathologisch パトローギッシュ 》を指している、そして、ラカンのこの言葉を「病理学的」と訳してはならないと述べた。

この記事を読んで、私を、些細な誤訳を指摘して得意になっている人間と思った読者がいるかもしれない。しかし、この《 pathologique パトロジック》(暫定的に訳すなら「パトス論的」)と呼ばれるものの抑圧が、ラカンの「カントとサド」(直訳するなら「サドによるカント」)のひとつの中心テーマなのである。「病理学的」という訳語はまずい。

だからといって、私は『エクリ』の訳者を貶めたいわけではない。私自身のこれまでの翻訳にも誤訳や抜けはある。ドゥルーズの翻訳においてさえ、私に許されたゲラの訂正は2回だけであり、2回目の訂正の結果は、本が出版されるまでわからなかった。だが、私の誤訳の原因は、やはり私の判断の間違いにある。(できるだけ早く『差異と反復』の改訳に取り組むつもりである。)

だから、ブログで他人の翻訳に文句をつけていれば、当然、翻訳者や編集者のなかに敵をつくってしまうだろう。しかし、私は、西洋思想の批判的受容に取り組んでいるのだから、世間から疎んじられる結果を招くことになっても仕方がない。死がいつ来てもおかしくない年齢に達したのだから、世間におもねる必要はあるまい。

だが、なぜ私はラカンにこだわるのか。おのれの長い歴史で食っている西洋哲学と新興勢力の精神分析学が交わるグレーゾーンで、精神を追究しているからである、と今は言っておこう。

前回の記事で、『エクリⅢ』の279頁の9行目から始まる段落を改訳すると言ったが、まず、「カントとサド」の最初の頁(『エクリⅢ』257頁、原書p765)を暫定的に改訳して、ラカン自身にこの論文の意図を語らせよう。


「サドの著作が、たとえ倒錯の目録という点に関してではあっても、フロイトを先取りしているというのはつまらぬことであって、それは、いつものように専門家たちに帰せられる誤りをもった文書で繰り返し言われていることである。
 反対に、われわれの見るところ、サドの閨房は、次のような場所に等しい〔『閨房哲学』で知られるサドの作品の正確な題名は『閨房のなかでの哲学』である〕。すなわち、アカデメイア、リュケイオン、ストアといった場所の名前が付けられた古代哲学の諸学派の場所に等しいのである。・・・(途中省略)・・・。
 フロイトは、自分の快感原則を言明しえたとき、伝統的な倫理学のなかでのその原則の役割と、その原則そのものとが、どのように区別されるのかを指摘しようとする気遣いの必要さえなかったし、また、慈善〔善いこと(bien ビアン)を望むこと〕の様々な神話のなかに組み込まれている心理学によって、或る召命を思い起こさせるために、すなわちあらかじめ人間をその善(bien ビアン)へと定めるような召命を思い起こさせるために、それ〔快感原則〕は、2千年にわたる揺るぎない先入見に呼応して了解されてしまう、という危険ももはやなかった。そうである以上、われわれにできることはただ、一九世紀を通じて「悪における幸福」というテーマが人心に取り入るようにして高まったことに対して、それゆえに敬意を払うということのみである。
 ここでは、サドはそうした転覆の最初の一歩であり、また、カントという人間の冷静さから見ればどれほど皮肉に思われようと、カントはその転覆の転回点なのであって、われわれの知るかぎり、カントは、けっしてそのような者として探し当てられてはいないのである。
 〔サドの〕『閨房哲学』が現れたのは、〔カントの〕『実践理性批判』の八年後である。そうであればこそ、われわれは、『閨房哲学』が『実践理性批判』に合致するのを見たあとで、『閨房哲学』が『実践理性批判』を補っているということを論証し、『閨房哲学』が『実践理性批判』の真理を与えてくれるのだと主張しよう。」
(続く)
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プロフィール

財津理

Author:財津理
思想研究家
法政大学教授
連絡先:za10@hosei.ac.jp

主な翻訳(共訳を含む)
ドゥルーズ『差異と反復』(河出書房新社)
ドゥルーズ『経験論と主体性』(河出書房新社)
ドゥルーズ/ガタリ『哲学と何か』(河出書房新社)
ドゥルーズ『シネマ1*運動イメージ』(法政大学出版局)
モニク・ダヴィド=メナール『ドゥルーズと精神分析』(河出書房新社)
メルキオール『現代フランス思想とは何か』(河出書房新社)
メルキオール『フーコー 全体像と批判』(河出書房新社)
オニール『言語・身体・社会』(新曜社)

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