ラカンSLV翻訳と注釈12

ハイデガーの文章を細かく見る現在の作業に、少しうんざりしている読者がいるかもしれない。私としては辛抱をお願いするのみである。

そこで、ハイデガー読解がフロイト読解につながりうることをあらかじめ示唆しておこう。問題となるフロイトの文章を私の訳で以下に記す。人文書院『フロイト著作集6』所収、『自我とエス』、「Ⅲ 自我と超自我(自我理想)」、281頁。

「超自我は父の性格を保持するだろう、そして、エディプス・コンプレックスが過去に強ければ強いほど、またその抑圧が過去に(権威、宗教的教義、授業、読書の影響のもとで)加速度的に生じれば生じるほど、良心〔Gewissen ゲヴィッセン〕としての超自我、おそらくは無意識的な罪悪感〔Schuldgefühl シュルトゲフュール 責めの感情 負い目の感情〕としての超自我は、後になってますます自我を厳格に支配するだろう。」SIGM. FREUD 《GESAMMELTE WERKE ⅩⅢ》, S. FISCHER VERLAG, 1976, s.263.

『自我とエス』は1923年に刊行されている。ハイデガーが『存在と時間』を書き上げたのは1926年であった。そのときハイデガーがすでに『自我とエス』を読んでいたのかどうか、それを証明できる証拠を私はもちあわせていない。だが、「良心」と「責め」にそくして、『自我とエス』から『存在と時間』の「第五七節」と「第五八節」を読み直すことは有益であろう。もちろん、ハイデガーのような人物がフロイトからストレートな影響をうけるはずはない。

さて、寺島訳(1940年)に続いて、桑木訳(1961年)を検討しよう。

桑木訳「第五十七節 関心の呼び声としての良心
③そのなにかとして、現存在はまずたいてい、解釈(アウスレーグング)において配慮されたものから自分を了解し、現存在は呼び声によって見おとされています。」

大したことではないが、文体がいわゆる「ですます調」に変わっている。このような敬体の文章に、なにか「わかりやすさ」を感じる読者がいるかもしれないが、いまはこの種の文体の問題には触れないでおこう。

寺島訳と桑木訳で共通する訳語は、
「関心」(Sorge ゾルゲ)、
「配慮されたもの〔道具あるいは道具的世界のこと〕」( Besorgte ベゾルクテ)、
「了解する」(verstehen フェアシュテーエン)である。

追加されたのは、「解釈」(Auslegung アウスレーグング)である。

変更されたのは、
「喚ぶこと」→「呼び声」(Ruf ルーフ)、
「生存」→「現存在」(Dasein ダーザイン)、
「超えられる」→「見おとされる」(übergangen ユーバーガンゲン)である。

もっとも大きな違いは、両者での原文の文法的構造の解釈にある。寺島訳は、原文を主節と従属節からなる複文とみなし、主節を「生存が・・・喚ぶことに依て超えられる。」と訳した。

桑木訳は、原文を一種の重文とみなし、ひとつの主語である「現存在」に、二つの独立した動詞(述語)が並列されていると考えている(「了解し」、「見おとされています」)。


さらに続いて、細谷・他訳(1964年)を見ることにする。

細谷・他訳「第五七節 関心の呼び声としての良心
③けだし、現存在はさしあたってたいていは―――自分がつねづね配慮しているものごとを本位にして自己を解意して―――それによって自己をしかじかのもとして了解しているのであるが、良心の呼び声はそれを素通りするのである。」

訳語は、そのほとんどが従来のものの踏襲である。

桑木訳との違いは、
「了解する」(verstehen フェアシュテーエン)→「解意」、
「見おとされる」(übergangen ユーバーガンゲン)→「素通りする」である。

文法構造の点では、細谷・他訳は、原文を一種の複文とみなしており、主節の受動態を能動態に変更したうえで、「良心の呼び声はそれを素通りするのである」と訳している。しかし、この訳文中の「それ」は、何を受けるのだろうか。

何を受けるのかはっきりしない「それ」を訳文に使うのは、二つの場合が考えられる。ひとつは、原文を理解していない場合。もうひとつは、明確な文意の翻訳文では、誤訳のときその誤訳の部分も明確になってしまうので、不明確な「それ」を使うことによって「当たらずといえども遠からじ」に似た立場で、あらかじめ誤訳のそしりを逃れようとする場合である。

私も、この後者の場合に陥らないよう肝に銘じている。

やはり、考え抜いた翻訳は松尾訳であり、それに続く辻村訳と原・渡邊訳である。
(続く)
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プロフィール

財津理

Author:財津理
思想研究家
法政大学教授
連絡先:za10@hosei.ac.jp

主な翻訳(共訳を含む)
ドゥルーズ『差異と反復』(河出書房新社)
ドゥルーズ『経験論と主体性』(河出書房新社)
ドゥルーズ/ガタリ『哲学と何か』(河出書房新社)
ドゥルーズ『シネマ1*運動イメージ』(法政大学出版局)
モニク・ダヴィド=メナール『ドゥルーズと精神分析』(河出書房新社)
メルキオール『現代フランス思想とは何か』(河出書房新社)
メルキオール『フーコー 全体像と批判』(河出書房新社)
オニール『言語・身体・社会』(新曜社)

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