ラカンSLV翻訳と注釈1

はじめに

Le Séminaire sur « La lettre volée » というタイトルを「《盗まれた手紙》についてのセミナー」と訳す。

この翻訳が原則的に準拠する原文は、インターネットで公開されている Le Séminaire sur « La lettre volée » prononcé le 26 avril 1955 au cours du séminaire Le moi dans la théorie de Freud et dans la technique de la psychanalyse,qui fut d’abord publié sous une version réécrite datée de mi-mai, mi-août 1956, dans La psychanalyse n° 2, 1957 pp. 15-44 précédé d’une « Introduction », pp.1-14. である。

Le Séminaire sur « La lettre volée » in ÉCRITS ( Éditions du Seuil、1966) および、ジャック・ラカン『エクリⅠ』(宮本他訳、弘文堂、1972年)所収「《盗まれた手紙》についてのゼミナール」(佐々木孝次訳)を参照した。なお、私がラカンのこの論文の翻訳を公開する件について、弘文堂から口頭で承諾を得ている。

こちらの準備が整えば、Jacques‐Alain Miller にコンタクトする予定であるが、もちろん、事が順調に運ぶかどうかはわからない。ドゥルーズのときのように、お会いして話を聞いて頂けるといいのだが。

ヨーロッパ諸言語とは大きく異なる日本語に、ラカン独特のフランス語を転換する試みは、当然、尋常ではない作業になるはずだ。

そして、われわれの翻訳は「直訳」と「意訳」というかたちを取る。翻訳文としての日本語の可能性を実践的に測深するためである。

ところで、ラカン、ドゥルーズ、ハイデガーについての翻訳・注釈を、このブログで、およそ一月ごとにリレーしながら公開していく予定である。しかも、これらの翻訳と注釈は少しずつ進めるので、完成までにはおそろしく長い期間を要するだろう。

あるいは、私が生きている間には完成しないかもしれない。だからこそ、今すぐ始めなければならない。

可能であれば、このブログの読者との率直な議論の場を、私の研究室のなかにつくりたいと思っているが、いましばらくは一人で作業を進めよう。


1、「《盗まれた手紙》についてのセミナー」のエピグラフ

Und wenn es uns glückt,
Und wenn es sich schickt,
So sind es Gedanken.

これが、SLVのドイツ語のエピグラフである(なお、今後、「《盗まれた手紙》についてのセミナー」を示すためにSLVという略号を用いる)。

ネットでこの文章をそのまま入力して検索すれば、ゲーテの『ファウスト』で該当する箇所が出てくる。これは、『ファウスト』の「魔女の厨」のなかの「獣たち」の台詞である(行数2458~2460)。

「魔女の厨(くりや)」という訳語は、森林太郎(鴎外)に従う(ただし、振られている読み仮名は省略する)。鴎外の訳を示す。

こつちとらに出来るなら、
こつちとらがして好いなら、
そんならそれが考だ。

ÉCRITS (『エクリ』)という著作の実質的な巻頭論文であるSLVの、さらにまたその冒頭に、ラカンはなぜこの文章を引用したのだろうか。

ところで、その同じSLVの最後のページで、ラカンは、「アウエルバッハの居酒屋のワイン」に言及している。これは、やはり『ファウスト』の一節を示唆しているだろう。鴎外訳では「ライプチヒなるアウエルバハの窖」の「ワイン」のシーンであろう。( 「地下酒場(ケラー)」を、鴎外は「窖(あなぐら)」と訳した。)

では、ラカンは、「ライプチヒなるアウエルバハの窖」のなかのどの台詞を取り上げたかったのだろうか。これについての直接の指示はない。

ゲーテの『ファウスト』のなかでは、「ライプチヒなるアウエルバハの窖」の章が先立ち、その直後に「魔女の厨」の章が来る。ところがラカンのÉCRITS (『エクリ』)所収のSLVでは、「魔女の厨」がこの論文のファサードを飾り、「ライプチヒなるアウエルバハの窖」が論文の末尾を締める。

ところが、ÉCRITS (『エクリ』)所収のSLVではなく、それ以前に雑誌に発表されたSLVでは、論文の中間に「ライプチヒなるアウエルバハの窖」が登場し、その直後に「魔女の厨」のエピグラフが来る。

さて、『ファウスト』は「喜劇」ではなく「悲劇」と銘打たれているのに、ややこしや~。

次回は、この謎解きのヒントを求めて、『ファウスト』の従来の邦訳の訳文を検討しよう。これまで『ファウスト』の翻訳は20人以上の訳者によって試みられてきたが、似たり寄ったりの訳文をすべて検討してもあまり意味がないだろうから、そのうちのいくつかを取り上げる予定である。もちろん私の訳も。
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プロフィール

財津理

Author:財津理
思想研究家
法政大学教授
連絡先:za10@hosei.ac.jp

主な翻訳(共訳を含む)
ドゥルーズ『差異と反復』(河出書房新社)
ドゥルーズ『経験論と主体性』(河出書房新社)
ドゥルーズ/ガタリ『哲学と何か』(河出書房新社)
ドゥルーズ『シネマ1*運動イメージ』(法政大学出版局)
モニク・ダヴィド=メナール『ドゥルーズと精神分析』(河出書房新社)
メルキオール『現代フランス思想とは何か』(河出書房新社)
メルキオール『フーコー 全体像と批判』(河出書房新社)
オニール『言語・身体・社会』(新曜社)

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