『差異と反復』第二章 第一段落 注釈4

言うまでもないが、いま、注釈は第1段落について行っている。第1段落の本文(訳文)と注釈とを読み比べやすいように、注釈ごとに、毎回、冒頭に第1段落の訳文全体を掲載することにする。

なお、訳文は絶えず見直しているので、前回までの訳文が変更される場合がある。今回もそうだ。

ところで、『差異と反復』の独訳(Joseph Vogl訳)が1992年の春ごろに発行され、やはり1992年の秋に私の翻訳の初校ゲラが出たとき、それを手に入れることができた。しかし、もう時間がなく、この独訳を十分に参照することができなかった。だが、今回『差異と反復』を全面的に見直すにあたって、仏語原文と独訳とを完全に比較しながら、改訳の作業を進めるつもりである。

なお、英訳(Paul Patton訳)が1994年に発行されたが、賛成できない訳し方があり、この英訳を参照すべきかどうか迷ったが、学べる点があるかもしれないので、やはり参照することにした。

独訳、英訳で、注目すべきところがあれば、このブログで論じてみたい。



凡例
1、〈 〉は、文意をとりやすくするために、あるいは重要な語句だと訳者が判断した場合に、訳者が補った記号。
2、〔 〕は、訳者が補った文章や言葉を示す。
3、訳文のイタリック太字は、原文でのイタリック体を示す。  
4、:は、原書に記されている記号。
5、各行に番号を付した。ただし、原書の行に対応しているわけではない。文庫版『差異と反復』の行にできるだけ合致するようにした。
6、原文の代名詞(「それ」)や所有形容詞(「それの」)は、それらが指している語が自明だと思われるものは、くどいようだがその語に置き換えて訳したが、「それ」と訳してその直後に〔〕を置いて、その代名詞等が指していると思われる語を補った場合もある。

第二章 それ自身へ向かう反復 

【原書p96】
反復 : 何かが変化させられること
【第一段落、旧訳ハードカバー版p119、文庫版上p197~198】
1  反復は、反復する対象において、何も変化させないが、その反復を観照する精神におい
2 ては何かを変化させる。ヒュームのこの有名なテーゼは、わたしたちを問題の核心につれ
3 てゆく。反復は、〔事例や要素の〕それぞれの提示=現前化は完全に独立しているというこ
4 とを権利上〈折り込んでいる〉のだから、どうして反復は、反復する事例や要素において
5 何かを変化させることがあろうか。反復における不連続性と瞬間性の規則は、〈一方が消え
6 てしまわなければ、他方は現れない〉と定式化される。例えば、〈瞬間的精神〔メンス・モ
7 メンタネア mens momentanea 〕としての物質〉の状態である。しかし、反復はできあ
8 がるそばから壊れてゆくものである以上、どうして、「二番目のもの」、「三番目のもの」、
9 また「それは同じものだ」と言えようか。それ〔反復〕は即自を有していないのだ。その
10 かわり、反復は、その反復を〈観照する〉精神において何かを変化させるのである。その
11 ようなことが、〈変容〉の本質なのである。ヒュームは、たとえして、〈AB、AB、AB、A・・・・・〉
12 というタイプの、事例の反復をとりあげている。それぞれの事例、つまりそれぞれの客観
13 的なシークエンス〈AB〉は、他の 事例つまりシークエンスから独立している。反復は、(た
14 だし正確には、ここではまだ反復を語ることはできないのだが)、対象においては、あるい
15 は〈AB〉という〈物の状態〉に おいては、何も変化させない。そのかわり、観照する精
16 神のなかに、〈ひとつの変化〉が生産される。すなわち、ひとつの差異が、つまり何か新し
17 いものが、精神のなかに生産されるのである。Aが現れると、いまや私は、Bの出現を予
18 期する。これこそが、それ〔反復〕の構成 に必 然的に入らざるをえない〔関与せざるを
19 えない〕或る根源的な主観性としての、反復の〈対自〉なのであろうか。反復のパラドッ
20 クスとは、以下のようなことではないだろうか。すなわち、反復を観照する精神のなかに
21 その反復が導き入れる差異つまり変化による以外には、すなわち、精神が反復から〈抜き
22 取る〉或る差異による以外には、反復を語ることができないということ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

注釈4
 
精神と物質を、あるいは心と物をビシッと定義した上で、そこから両者の差異や、それぞれの特徴を説明していく、という論じ方をドゥルーズはしない。概してドゥルーズは、定義されていない、あるいは意味が自明ではない言葉を用いて、散文と詩の中間のような文体で論を進めてゆく。だから、ドゥルーズの論述に対して、わかりにくい、あるいは説明不足だという抗議が寄せられることがある。

たしかに私も、『差異と反復』を訳しているとき、絶えず、もう少し説明してくれてもいいのではないかという気持ちをもっていた。

だが、読み込むうちに、それは、ないものねだりだと思うようになった。私がドゥルーズの思考の展開に追いついてゆけないので、そんな気持ちをもってしまったのだろう。

しつこく何故だ、どうしてなんだ、と問いかけながら読む以外に、ドゥルーズに対応する方法はない。もちろん、『差異と反復』を読む上で、哲学史や精神分析や自然科学に関する基本的な教養は必要ではあるが。

たしかに、ドゥルーズを利用できれば、それでよいと触れ回る人もいる。しかし、私はそのような人には関心がない。

人々が、ドゥルーズという名前を聞いいただけで威光を感じるうちはよい。だが、私が恐れるのは、ドゥルーズ自身の文章を読んでも何がなんだかわからないという評価が世間に定着して、いつかドゥルーズ自身が読まれなくなってしまうことだ。

私自身、『差異と反復』を完全に理解できているわけではない。けれども、この書には、多くの人が感じているように何か尋常ならざるものがある。それを追究したいと思うばかりだ。その結果がどう出ようと、私にできるのはそれを甘受することだけである。

                        *

さて、物理現象の反復とは何か。いま私は、物理現象と言ったが、もちろんドゥルーズはこのような表現はしない。

ドゥルーズは、冒頭で、「反復は、反復する対象において、何も変化させない」と語る。この「反復する対象」を物理現象とみなそう。

「対象」とは「物の状態」である。「対象においては、あるいは〈AB〉という〈物の状態〉に おいては」と言われている(14~15行目)。

だから、「対象」たる「物の状態」が反復する。例えば「AB」、「チックタック」が反復する。

他方、「物質の状態」という言い方もある(7行目)。

「物質の状態」とは、瞬間的であり不連続な反復である。それは、「一方が消えてしまわなければ、他方は現れない」と言われる(5~6行目)。したがって、「物質の状態」とは、「物の状態」、「AB」、「チックタック」の反復であろう。

「物の状態」とは、反復するはずの「対象」、「AB」、「チックタック」を指している。「物質の状態」とは、瞬間的、非連続的な反復、つまり「物の状態」の反復を指している。

けれども「物の状態」も「物質の状態」も、結局、同じことになる。なぜなら、「物質の状態」としての反復では、瞬間ごとに同じひとつの「物の状態」つまり同じひとつの「AB」しか現れていないはずであるから。

先立つ瞬間における「物の状態」、「AB」は、後続する瞬間においては保存されずに消えてしまう。

結局、「物質の状態」という反復のどの瞬間においても、「物の状態」としてのABしか現れていないのだ。

だからこそ、物理現象の反復、つまり「物の状態」の反復は「反復する対象において、何も変化させない」と言えるのだろう。

けれども、こんな単純な瞬間説にもとづいて、「反復は、反復する対象において、何も変化させない」と言ってよいのだろうか。

自然界において、時間を瞬間の連続と考え、先行する瞬間における物理現象は後続する瞬間における物理現象に何の影響も与えない、と言ってよいのだろうか。

だが、ここで「権利上」という哲学用語が生きる。ドゥルーズはこう言う。「反復は、〔事例や要素の〕それぞれの提示=現前化は完全に独立しているということを権利上折り込んでいる」(3~4行目)。

では、ドゥルーズが言う「権利上」とは何を意味するのか。
                                                                   (続く)

                                           
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プロフィール

財津理

Author:財津理
思想研究家
法政大学教授

主な翻訳(共訳を含む)
ドゥルーズ『差異と反復』(河出書房新社)
ドゥルーズ『経験論と主体性』(河出書房新社)
ドゥルーズ/ガタリ『哲学と何か』(河出書房新社)
ドゥルーズ『シネマ1*運動イメージ』(法政大学出版局)
モニク・ダヴィド=メナール『ドゥルーズと精神分析』(河出書房新社)
メルキオール『現代フランス思想とは何か』(河出書房新社)
メルキオール『フーコー 全体像と批判』(河出書房新社)
オニール『言語・身体・社会』(新曜社)

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