『差異と反復』第二章 第一段落 注釈3

注釈3   

この第一段落の哲学史的背景には、ヒュームはもちろん、スコラ哲学、ロック、ライプニッツ、ヘーゲル、キルケゴール、ベルクソン、フッサールなどがたたずんでいる。ドゥルーズの極度に繊細な叙述がどのように「ドゥルーズ自身の理論」を提示するのか、これを見極めるのは、たしかに難しい。おそらく、「ドゥルーズ自身の理論」という観点からドゥルーズを読もうとすること自体が、そもそも的外れな態度なのかもしれない。以下で考察するように、ドゥルーズの「ずらし方」に、ドゥルーズのクリエイティブな理論構成が潜んでいるのだろう。たとえば、髭をはやしたヒューム(変容させられたヒューム)を見るのではなく、ヒューム理論がずらされて、他の哲学者の理論に接続されていく仕方を見るということだ。

しかし、とにかく読んでいこう。

1行目は反復する対象(物理現象)と、反復を観照する精神とを区別している。そして対象には変化は何も生じないが、精神には何らかの変化が生じるとされている。

これは、おそらく、次のようなヒュームの叙述にもとづく主張だろう。
「さて上述のように、力能観念を起す若干の類似する諸事例は、互いに何らの影響も持たず、諸観念の原型となり得る如何なる新しい性質をも事物〔自身〕のうちに産むことは決してできない。しかもそれにも拘らず、この類似の観察は、心のうちに力能観念の真の原型である新しい印象を産むのである。」【岩波文庫『人性論』(一)p255】

(注)ヒュームの言う「力能 power」とは、原因が結果を起す作用原理を意味している。たとえば一つの玉が他の玉にぶつかって運動を伝える場合である。

ところで、ヒュームの言う心のうちに産まれる「新しい印象」とは、類似する諸事例の一つであるのでも、その部分であるのでもない。つまり、〈AB、AB、AB、A・・・・・〉と来て、Bの出現を予期する、ということではない。

ドゥルーズは、こう述べている(13行目以下)。「反復は、対象においては、あるいは〈AB〉という〈物の状態〉においては、何も変化させない。そのかわり、観照する精神のなかに、〈ひとつの変化〉が生産される。すなわち、ひとつの差異が、つまり何か新しいものが、精神のなかに生産されるのである。Aが現れると、いまや私は、Bの出現を予期する。」

しかしヒュームは、「類似する諸連接(conjunctions)の若干の事例は、心を導いて力能および必然性の念(notion)に到らせる。」【同書p255】と述べている。

すなわち、ヒュームにおいては、玉どうしの衝突の反復から、力能や必然性というまったく新たな印象(ひいては観念)が心のなかに産まれるとされているのだが、ドゥルーズにおいては、反復する事例(諸要素の組み合わせ、つまりABに含まれるひとつの要素Bの出現の「予期」が、新たなものであり、そう意味での新たなものが精神のなかに生じるのである。

しかし、ヒュームも、一筋縄ではいかない哲学者である。
「先ず第一に言えることであるが、未来が過去に類似するという仮定は、如何なる種類の証明も根底とせず、その由って来るところは全く、在来の慣れ来った事物系列と同じ事物系列を未来にまで期待するように心を限定する(determine)習癖(habit)である。この過去を未来に転移する習癖ないし限定は、遺漏なく完全である。」【同書p212】

ヒュームはここでは、過去の反復によって、心は、何か新たなものではなく、過去と類似したものが未来において出現するのを期待するようになると主張している。こうしてみると、

ドゥルーズがここで、ヒュームを口実にして問題にしているのは、
1、反復の効果は、反復する物理現象にもたらされるのではなく、反復を観照する精神にもたらされるということ、
2、反復は、時間(過去から未来へ向かうこと)に深く関わっているということ
であろう。

その問題の展開は、反復がもたらす「新たなもの」の意味をずらせることによって可能になっている。

では、物理現象としての反復とはどのようなことか。そして、精神とは何か。
                                (続く)
関連記事
検索フォーム
プロフィール

財津理

Author:財津理
思想研究家
法政大学教授

主な翻訳(共訳を含む)
ドゥルーズ『差異と反復』(河出書房新社)
ドゥルーズ『経験論と主体性』(河出書房新社)
ドゥルーズ/ガタリ『哲学と何か』(河出書房新社)
ドゥルーズ『シネマ1*運動イメージ』(法政大学出版局)
モニク・ダヴィド=メナール『ドゥルーズと精神分析』(河出書房新社)
メルキオール『現代フランス思想とは何か』(河出書房新社)
メルキオール『フーコー 全体像と批判』(河出書房新社)
オニール『言語・身体・社会』(新曜社)

リンク
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
カテゴリ
最新記事
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

RSSリンクの表示
月別アーカイブ
FC2カウンター