幸徳秋水、堺利彦訳『共産党宣言』、ドゥルーズの「副次的矛盾」、「原国家」という訳語、私の研究計画(1)

ようやく体力が回復してきたので、ブログを再開したい。とにかく少しずつ連続的に書いていこう。『差異と反復』の注釈を続ける前に、翻訳という作業の難しさと、今後の私の研究計画に触れておきたい。

かつて幸徳秋水が、「翻訳の苦心」という小論文で、翻訳の難しさとその重要性を述べた。「或る専門語、述語などで未だ訳語の極まらぬものに出会った時の苦心は一通りでない。・・・ブールジョアジー(Bourgeoisie)という語の如き、是まであるいは中等市民と訳し、あるいは資本家、あるいは富豪、あるいは紳商などと訳してみたが、如何にしても社会主義者のいわゆるブールジョアジーの意義を完全に顕すことが出来ぬ。予は数年前、堺枯川と『共産党宣言』を訳した時、両人で種々の相談した末に、ついに「紳士閥」と訳することに折合った。」

これは、昭和四年発行の「幸徳秋水集」(改造文庫)からの引用である。以前この本を通販で古書店から手に入れたのは、「幸徳事件検挙のいとぐち」という題の新聞記事(昭和六年三月十五日)が「おまけ」で付くという宣伝文句があったからである。郵送されてきた本を開くと、たしかに六段にわたる記事の切抜きであった。赤鉛筆で「信毎、朝日」という書き込みがあっが、記事の冒頭に、「幸徳秋水一味」の「不ぐ戴天の大逆事件」は「とりわけ信州人には印象が深く・・・」とあるので、信濃毎日新聞社の記事ではないだろうか。

この古書には、これを買い求めたと思われる人物の書き込みもあった。「一生の反逆児幸徳秋水 何が彼をしてかくなさしめたか? この書によりて聊(いささ)かなりともそを眺めん。・・・於長野河原書店求之」

こうした書き込みや記事を見ると、当時の多くの日本人たちは、幸徳秋水や社会主義、共産主義を危険なものとみなしていたようだ。なぜ、そうであったのか。

当時の日本人の多くは、思想的には、どのような人たちであったのだろうか。そして現代の日本人の多くは・・・。

幸徳自身は死刑の直前、堺利彦に宛てて、こう書いている。「いよいよ四十四年の一月一日だ。鉄格子を見上げると青い空が見える。・・・去る十一月末、兄が伴うて(母が)面会に来た時に、思うままに泣きもし語りもしてくれたなら左程にも無かったろうが、一滴の涙も落とさぬまでに耐えていた辛さは非常に骨身にこたえたに違いない。・・・今度の大罪にも無論非常の苦痛を感じたであろうが、しかしこれは僕の迂愚から起こった事で、一点私利私欲に出でなかった事だけは母も諒してアキラメてくれたろうと思う。・・・万々一ホントに(母が)自殺したのなら、その理由は一つある。即ち僕をしてセメてもの最期を潔くせしめたい。生残る母に心をひかされて女々しく未練らしい態度に出でないようにとの慈愛の極みに外ならないのだ。・・・長々と愚痴ばかり並べて済まなかった。許してくれ。モウ浮世に心残りは微塵もない。不幸の罪だけは僕は万死に値いするのだ。」

言うまでもないことだが、明治維新から急速に政治権力側は資本主義の方向でつまり富国強兵を目指して西洋的近代化の道を突っ走り、他方同時に、平民や士族のなかに社会主義の方向で貧困を克服する活動に殉じた人々がいた。

では、繰り返すが、政治権力や資本主義のエリートではなく、社会主義の活動家でもなかった日本人の多くは、思想的にはどのような人たちであったのだろうか。

ともあれいまは、マルクス、エンゲルス著『共産党宣言』の幸徳秋水と堺利彦の訳について、少しばかり報告しておきたいことがある。

彰考書院版の『共産党宣言』(二〇〇八年)の「一九五二年版 例言」にこう書いてある。
「一、この書『共産党宣言』は一九〇四年、秋水幸徳伝次郎、枯川堺利彦によって『平民新聞』紙上に、わが国で初めて訳出され、それは今日もはや、古典に属している。」
「一、この版は、幸徳の刑死後、『平民新聞』紙上に訳載された初訳稿に、堺枯川が幾たびとなく推敲に推敲を重ね、一九三〇年、やがて合法出版の可能となる日を期しつつ、ひそかに大学ノートに記載してあった草稿を原本とした。」

さらに、同書の「復刊にあたって」では、こう書かれてある。
「・・・彰考書院版が世に出た時点で堺は亡くなっていたので、いわゆる「著者校正」は経ていない。また、彰考書院版のテキストとなったのは、「堺利彦による手書き原稿」ではあるが、実は、堺の直筆によるものではなく、その夫人が清書したものだった。・・・その「清書版原稿」は、彰考書院が所有していたが、同社の経営が傾いた際に、資金繰りのため売られたとのことである。現在、誰が所有しているのか、はたして現存しているのかも含め、分からない。」

ところが、その堺利彦直筆の原稿のコピーと見られるものが、法政大学図書館に一般図書扱いで所蔵されていたのだ。

明治時代の政治権力側のいわば思想・教育エージェントたる井上哲次郎の『国民道徳概論』にある粗雑な共産主義解説(たとえば女性の共有)を、『共産党宣言』における叙述と比較するために、昨年私は、法政大学図書館で『共産党宣言』の各翻訳を探していたとき、「共産党宣言、/ マルクス, エンゲルス共著 ; 幸徳秋水, 堺利彦共訳、出版地不明 :出版社不明」という情報が出てきたので、書庫に入ってこの本を探し、そして見つけ出した。これは、便箋のような用紙に手書きで書かれた原稿のコピーを閉じたものである。内容は、ほとんど彰考書院版と同じである。

堺の『日本社会主義運動史』には、こう書かれている。
「・・・他の多くの社会主義的出版物と共に、一切禁止されてしまい、今日でも『宣言』だけは、やはり厳重な禁止である。もっとも、その後、幾回も、何人かの手により、それの秘密出版が行われている。そしてそれは、後に堺が写本として世に出した所の、ドイツの原文からの訂正増補訳を採用している。」

おそらく、法政大学にある上記の『共産党宣言』の翻訳本は、この秘密出版された原稿のコピーではないだろうか。ただし、誰がいつコピーしたのかは不明である。

私は、当初「平民新聞」に掲載された英語版の『宣言』の翻訳も重要であると思っている。『共産党宣言』のドイツ語版は皮肉や逆説を駆使した文章で書かれている。とくに、「女性の共有」に関しては、「平民新聞」掲載の英語版の翻訳のほうが誤解を招かないだろう。

私は、共産主義者ではないが、何らかのかたちで、「平民新聞」版と法政大学図書館版の幸徳、堺訳『共産党宣言』を世に出したいと思っている。

さて、幸徳の「翻訳の苦心」は、僭越ながらドゥルーズの『差異と反復』を訳した私の苦心でもある。たとえば私は、「副次的矛盾」という訳語を創作した。これの言語はvice-dictionである。そしてこの訳語に文句をつける者は多い。「副言」とか「副論」にしろなどと言う者もいる。しかしこれは、ドゥルーズのお宅で受けた教示によれば、ドゥルーズの造語であり、いわゆる「かばん語」である。

他方、ドゥルーズ、ガタリの『アンチ・オイディプス』つまり『アンチ・〈エディプス・コンプレックス〉』において「原国家」と訳されているUrstaatという語も彼らの造語である。ただし「かばん語」ではない。

次回は、この「副次的矛盾」と「原国家」の意味を論じよう。「副次的矛盾」の概念が弁証法の論理に対立すること、そして「原国家」の概念を明治時代における新国家建設の諸思想に見る可能性があるかどうか、これに触れてみたい。
関連記事
検索フォーム
プロフィール

財津理

Author:財津理
思想研究家
法政大学教授
連絡先:za10@hosei.ac.jp

主な翻訳(共訳を含む)
ドゥルーズ『差異と反復』(河出書房新社)
ドゥルーズ『経験論と主体性』(河出書房新社)
ドゥルーズ/ガタリ『哲学と何か』(河出書房新社)
ドゥルーズ『シネマ1*運動イメージ』(法政大学出版局)
モニク・ダヴィド=メナール『ドゥルーズと精神分析』(河出書房新社)
メルキオール『現代フランス思想とは何か』(河出書房新社)
メルキオール『フーコー 全体像と批判』(河出書房新社)
オニール『言語・身体・社会』(新曜社)

リンク
カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
カテゴリ
最新記事
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

RSSリンクの表示
月別アーカイブ
FC2カウンター