『差異と反復』注釈再開1

胃の粘膜下腫瘍と便潜血をさらに精密検査するため、先日、口と肛門から内視鏡を入れて精密検査をしてもらったが、悪性ではないとの診断であった。今後は様子を見ていくほかはないとのことである。無理はできない体になったようだ。

気がつけば私は、西洋哲学の呪縛が解けてしまったようだ。同時に私は、「日本的なもの」という強迫観念からも解放された。

だからといって、西洋思想や「日本的なもの」と疎遠になりたいわけではない。むしろ、哲学、思想、「日本的なもの」を、人間的かつ自然的「現象」として分析したい。

歩みはのろいが、まず、ドゥルーズの『差異と反復』の注釈を再開しよう。
ラカンの「〈盗まれた手紙〉についてのセミナー」の翻訳と注釈については、ある程度まとまったものを、来年の夏過ぎに、まず法政大学の公式の雑誌で公表してから、このブログに再録したいと思う。
ハイデガーの『存在と時間』についても、少しずつ解釈していこう。

戦前の「国民道徳」という現象については、もっと広く深く調査してから本格的に論じたい。そのとき、国民道徳の合成要素としての西洋思想と東洋思想が分析されるはずである。その間、考えた事を折に触れて書いていこう。

「楽浪幻想」の記事も中断してしまった。ところで、私はなぜ万葉集のなかの「楽浪」とい漢字を問題にするのか。

「国民道徳」においては、「明治維新」は「大化の改新」の反復とみなされている。改新を完成した天武朝で編纂された「古事記」、「日本書紀」は、天武天皇を神格化する書である。「万葉集」にもその傾向をもつ歌が収められている。「国民道徳」は、この三つの文献に「日本的なもの」を見出そうとした。だが、それらはすべて漢文あるいは漢字で書かれている。

いつか述べたように、日本における漢字使用能力は天武朝にピークを迎えた。隋から帰国した留学生たちや、何よりも日本にたどりついた、あるいは日本が迎え入れた漢人の末裔たちの力が大きかったと思われる。

「万葉集」において、「ささなみ」という「やまとことば」で読ませる「楽浪」はまた、「楽浪郡」の「楽浪」でもある。天武朝を称える役割を与えられた楽浪の末裔たちが、滅亡した「ささなみ」の近江朝に、滅亡した楽浪を読み込むことができたとすれば、かつて記紀、万葉集に求められた「日本的なもの」とは、いったい何であろうか。

この私の話は、たとえば丸山眞男の言う「超国家主義の論理と心理」とは何の関係もない。シュミット、ホッブズ、トーマス・マン、ヘーゲル・・・がどうしたというのだ。私は、ヨーロッパ近代思想を手本にして「国民道徳」を分析したいわけではない。丸山はすでにさんざん批判されていることだし、あらためて私があれこれ言う事もないだろう。

誤解されるかもしれないが、私は、戦前の「国民道徳」を人間的かつ自然的「現象」として分析するつもりである。

さて、ドゥルーズ哲学をドゥルーズ現象として注釈しよう。

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『差異と反復』
翻訳                                   注釈
 
第二章 それ自身へ向かう反復                 

反復、それは、何かが変えられること

 【段落1】反復は、反復する対象に、何の変化         【段落1】この最初に登場する「反復」は、物理
ももたらさないが、その反復を観照する精神に        現象としての反復である。後で例示されるように、
は何らかの変化をもたらす。ヒュームのこの有        物質たとえば時計や鐘が発する振動を指す。
名なテーゼは、わたしたちを問題の核心に連れ       ヒュームにおける「チックタック、チックタック・・・」
てゆく。反復には、権利上、提示=現前化され       という反復の「チックタック」が事例、ベルクソンに
る個々のものはそれぞれ完全に独立している        おける「チック、チック、チック、チック」の「チック」
という意味が含まれている以上、どうして反復        が「要素」とされている。「権利上」という表現は、
は、反復する事例や要素に何らかの変化をも        後で「論理上」と言い換えられている。物理的反復
たらすことがあろうか。反復における不連続性        においては、先行する事例や要素は、後続する
と瞬間性の規則を定式化するなら、それは、〈        それらに影響を与えないという、いわば論理的な
一方が消えてしまわなければ、他方は現れな        前提から、ドゥルーズは出発する。
い〉と表現することができる。
(続く)

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プロフィール

財津理

Author:財津理
思想研究家
法政大学教授

主な翻訳(共訳を含む)
ドゥルーズ『差異と反復』(河出書房新社)
ドゥルーズ『経験論と主体性』(河出書房新社)
ドゥルーズ/ガタリ『哲学と何か』(河出書房新社)
ドゥルーズ『シネマ1*運動イメージ』(法政大学出版局)
モニク・ダヴィド=メナール『ドゥルーズと精神分析』(河出書房新社)
メルキオール『現代フランス思想とは何か』(河出書房新社)
メルキオール『フーコー 全体像と批判』(河出書房新社)
オニール『言語・身体・社会』(新曜社)

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