楽浪幻想3:万葉集 日本書紀 国民道徳要領・・・井上哲次郎など

私の研究分野とは関係がない諸論文を評価し講評を書くという仕事を今日クリアし、これでやっと今年度の様々な雑務から解放されたようだ。入試の期間、朝から夕方まで寒い廊下に立つという恐ろしい業務も、今年度はやらなくて済みそうである。来年4月に授業が始まるまで、私は自分の研究だけを考えていてもよさそうであるが、油断はできない・・・。

前々回、戦前の思想的傾向を知るために、「文検」すなわち「文部省中等教員検定試験」用の受験参考書を何冊か購入し読んでいると書いた。戦前の倫理教育を専門的に研究している学者が、もし私のこの記事を読むならば、なぜそんなものを問題にするのか、真っ先に研究対象にすべきは、東京帝国大学文学部初代哲学科教授、井上哲次郎ではないかと言うかもしれない。

だが私はやはり、当時教員試験の合格を目指した人々が熟読し、その内容を暗記しようとした受験参考書を重視する。思想あるいは道徳の学習において、中等教員たちに強い影響を及ぼしたのは、その種のわかりやすい参考書であろうことは容易に想像できるからだ。それに、中等教育の授業では、大学教授たちの書物を使うのは不便であっただろう。

とは言うものの、そうした受験参考書には帝国大学の教授たちの名が並べられている。学問的に尊敬できると思われていたからでもあろうが、他方では、受験突破のためには、当時の権威あるいは試験委員の考え方を知る必要があったからだ。このような実際的な理由が、受験参考書に堂々と述べられている。そんな風にして教員たちが身につけた思想あるいは道徳が、学校の中で生徒たちに伝えられていったのだろう。

私の手許にある文検参考書は、当時権威とみなされていた何人もの教授たちの名を挙げている。その名をいくつか記しておこう。井上哲次郎はもとより、吉田静致、服部宇之吉、深作安文、友枝高彦、建部遯吾、吉田熊次、亘理章三郎・・・。

こうなると、戦前の思想・道徳教育を具体的に知るためには、中等教員が学んだ文検参考書と、この文検参考書が依拠したはずの権威たちの著書を、同時に検討しなければならないだろう。私に残された時間はもはやそれほど長くはないが。

さて、万葉集に戻る。
4、ささなみ=楽浪(巻一32)
原文:「古人尓 和禮有哉 楽浪之 故京乎 見者悲寸」
漢字仮名交じり文:「古(ふ)りにし人に 我あれや 楽浪の 故(ふる)き京(みやこ)を 見れば悲しき」 

5、ささなみ=楽浪(巻一33)
原文:「楽浪之 國都美神乃 浦佐備而 荒有京 見者悲毛」
漢字仮名交じり文:「楽浪の 国つ御神の うらさびて 荒れたる京 見れば悲しも」

6、ささなみ=神楽浪(巻二154)
原文:「神楽浪乃 大山守者 爲誰可 山尓標結 君毛不有國」
漢字仮名交じり文:「楽浪の 大山守(おおやまもり)は 誰(た)がためか 山に標繩(しめ)結う 君もあらなくに」 

(続く)
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プロフィール

財津理

Author:財津理
思想研究家
法政大学教授
連絡先:za10@hosei.ac.jp

主な翻訳(共訳を含む)
ドゥルーズ『差異と反復』(河出書房新社)
ドゥルーズ『経験論と主体性』(河出書房新社)
ドゥルーズ/ガタリ『哲学と何か』(河出書房新社)
ドゥルーズ『シネマ1*運動イメージ』(法政大学出版局)
モニク・ダヴィド=メナール『ドゥルーズと精神分析』(河出書房新社)
メルキオール『現代フランス思想とは何か』(河出書房新社)
メルキオール『フーコー 全体像と批判』(河出書房新社)
オニール『言語・身体・社会』(新曜社)

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