新・ドゥルーズ『差異と反復』改訳と解釈2

『荘子 内篇』(朝日新聞社、1966)の「新訂本はしがき」によれば、その著者福永光司は、高校で週20数時間に及ぶ授業を受けもち、深夜の宿直室でその原稿を書いたそうである。私の方は、6月になって週8コマ(12時間)の授業を担当し、授業直後に続く或る重要な業務のため、週2回は夕食の時間もなく仕事をしていた。

 

福永から比べれば、私の大学での仕事量など大したことはないが、展覧会出品のための作品制作と仕舞上演のための稽古に週末の時間を費やし、体を休めることができなかった。もちろん、絵画制作と仕舞の稽古は義理でやっているのでないから誰にも文句は言えない。

 

展覧会では予想通り私の絵の前で足をとめる観客はいず、能舞台では舞の始めから所作を間違えて地謡の女性陣にご迷惑をかけてしまった。

 

食事と休息を十分に取らなかったせいか強いめまいと後頭部の痛みが続き、CTスキャンなどの精密検査をしたが、幸運なことに器質的には異常がないとのことであった。

 

『差異と反復』の訳了が迫っていた頃はまだ40歳台で、椅子で寝る日が続いても身体機能に変調はきたさなかったが、65歳になったいま、つくづく無理がきかない体になったと思う。

 

                 ∴

 

学部の授業ではカントの『実践理性批判』とコジェーヴの『ヘーゲル読解入門』を翻訳で精読し、大学院では『差異と反復』を原書で精読している。

 

フランス現代思想へのコジェーヴの影響の大きさは、すでによく知られている。たとえば、サルトルの『存在と無』における「即自」と「対自」の定義は、コジェーヴによる定義を一字一句そのまま引き写したものだ。ラカンのヘーゲル理解も多くはコジェーヴに拠っているようだ。

 

『ヘーゲル読解入門』と『差異と反復』を同時進行で精読していると、ドゥルーズも、たとえば「欲望」や「時間/歴史」などに関して、やはりコジェーヴををよく読んでいるなと思う。それについては折に触れて言及するつもりである。もちろんドゥルーズは、『差異と反復』においてヘーゲルの超克をもくろんでいる。

 

たしかに、時間軸上に登場した諸哲学、諸思想は理論闘争の歴史を形作っているのだが、現在の私はそれにこだわらない。ドゥルーズに関しては、その革命者としての役割に拘泥していない。

 

 

                 ∴

 

『差異と反復』、『エクリ』、『存在と時間』のなかの言葉(原文)は、ほぼ完全に検索することができるようになっている。重要だと思われる語を検索してみると、そのなかでも『差異と反復』は、とんでもなく複雑で精密な構造をしていることがあらためてわかる。

 

ドゥルーズによればこの書は一種のコラージュの技法で構成されているのだが、読者としては『差異と反復』は絵画的コラージュだと言って済ませるわけにはいかない。

 

『差異と反復』のなかの多くの重要な言葉は、この書全体にわたって距離を置いて鏤(ちりば)められている。それらの語の意味をできる限り「明晰・判明」に理解しようとするならば、その言葉たちが含まれるやはり多くの箇所の文脈を把握しなければならない。

「明晰・判明」とはデカルトの概念であるが、ドゥルーズは、その概念を肯定せず、むしろプニッツの立場に与する。すなわち、ものごとの認識は、明晰であればあるほど判明ではなくなるということだ。

 

コラージュの材料である数多くの言葉を分類し整理して、その意味を明確化しようとするのは、『差異と反復』そのもののスタイルに反するやり方ではある。だが、私はドゥルーズを代理するつもりはないのだから、このブログの記事も『差異と反復』の代理ではない。

 

『差異と反復』の代理ではない注釈、解説には、途方もなく長い時間がかかるだろうが、それは仕方のないことだ。

                 ∴

 

訳文の文体は、必要に応じて、あるいはその時々の私の考えに従って変化する場合がある。

 

注釈には、語学的な考察も含まれるが、これは読み飛ばしていただいて結構である。

 

                       
第二章 それ自身へ向かう反復
【※1

第一節 反復:何かが変化させられる【※2

【第一段落の冒頭】反復する事物のなかでは、反復によって何も変化しないが、しかし反復を観照する精神のなかでは、反復によって何かが変化する【※3

 

 

★財津による問題提起。

もちろん、この第二章全体を読まなければ結論は出せないが、「それ自身へ向かう反復」と訳した文章は、どのような事態を指しているのだろうか。さらに、「向かう」とはどのようなことだろうか。

「変化」とは、どのような事態だろうか。ドゥルーズは、「同一」や「類似」の価値を重く見ない。「差異」、それも、ものごとを成立させる「微小な差異」を重視する。

では、「同一」や「類似」を否定して「変化」を語ることはできるだろうか。固い岩でも数百万年以上の長いタイムスパンで見るならば流動的な物質に生成する、とドゥルーズは語っている。では、岩から流動物への変化に一切の「同一」や「類似」を見ないとすれば、変化する前の岩と変化した後の流動物の両者に、連続性を想定することはできるだろうか。連続性が想定できないところに、変化を語ることはできるだろうか。

「微小差異」にもとづくドゥルーズ独特の変化概念があるはずだし、そうでなければならない。

反復する事物を物質あるいは物理現象とし、反復を鑑賞するものは精神であるとするならば、「物質」と「精神」は、どのような意味をもつのだろうか。そして両者は、どのような関係にあるのだろうか。

(この問題を考えるには、ベルクソンの『物質と記憶』を参照しなければならない。しかも、ドゥルーズ独特のベルクソン解釈がある。『差異と反復』、『シネマ』、『哲学とは何か』などを読むためには、『物質と記憶』そのものの理解が必要である。このブログで、『物質と記憶』におけるあの逆立ちした円錐形(記憶の図)の構造的意味を解説する予定である。)

 

 

注釈【※1
 

「それ自身へ向かう反復」の「向かう」の言語は《 pour 》であるが、「向かう」という訳語はいまだ暫定的なものである。

 

「向かう」の原語には、他の箇所では、「として」、「ために」、「対して」という訳語を当てた。

 

また、「反復の対自」における「対自」つまり《 le pour soi》との関連を考慮に入れなければならないのだが、その関連は「対自」の注釈で考えよう。

 

「それ自身へ向かう」の原語《 pour elle-même 》という表現が現れる箇所を列挙する。まずハードカバー版の訳書の頁数を示し、原書のそれを()内に示す。

 

①、 p454原注(p44)。 pour 》は「として」と訳した。『差異と反復』原注での、オディロン・ルドン(『私自身に』)からの引用文のなかの言葉。 ルドンは「客観的に、それ自体として知覚される造形的なかたち」と述べている。同じ原語(elle-même)を、「それ自身へ向かって」と訳すより、「それ自体として」と訳した方が、文脈から考えてしっくりすると感じたからである。

 

②、p145上段(p119)。 pour 》は「ために」と訳した。「即自〔イデアという純粋過去〕の国を、おのれのために保存しあるいは再び見いだすすべを知っていた魂」。elle-même 》は「魂」を指す。「おのれ」と訳し、「それ自身」と訳さなかったのは、「それ自身」と訳すと、「即自の国」を指すのか、「魂」を指すのかが曖昧になるからである。

 

なお、p145上段で、この文章に続く次の文章を、変更する。変更箇所を赤字で示す。

「それでもなお、《イデア》は、継起的な諸現在が時間の円環のなかで組織されるための根拠として存在し、その結果・・・」

 

③、p153下段(p126)。「反復は、反復自身に対して、それ自身における差異である」。このように訳したが、迷うところである。「反復自身に対して」は、「それ自身にとって」、「それ自身のために」、「それ自身へ向かって」、「それ自身として」と訳すこともできるだろう。

 

ここは決定的に重要な箇所ではあるのだが、その直前の訳文に不適切なところがあるので、改訳する。

「反復を、差異がそこから『抜き取られて』くる当のものに仕立てあげるのではなく、また反復を、差異を変種として含むものに仕立てあげるのでもなく、かえって反復を、『絶対に異なるもの』の思考およびその生産に仕立てあげること―――反復は、反復自身へ向かってはそれ〔差異〕自身における差異である、という事態をしつらえること・・・」。

 

注釈【※1】続く)
関連記事
検索フォーム
プロフィール

財津理

Author:財津理
思想研究家
法政大学教授
連絡先:za10@hosei.ac.jp

主な翻訳(共訳を含む)
ドゥルーズ『差異と反復』(河出書房新社)
ドゥルーズ『経験論と主体性』(河出書房新社)
ドゥルーズ/ガタリ『哲学と何か』(河出書房新社)
ドゥルーズ『シネマ1*運動イメージ』(法政大学出版局)
モニク・ダヴィド=メナール『ドゥルーズと精神分析』(河出書房新社)
メルキオール『現代フランス思想とは何か』(河出書房新社)
メルキオール『フーコー 全体像と批判』(河出書房新社)
オニール『言語・身体・社会』(新曜社)

リンク
カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
カテゴリ
最新記事
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

RSSリンクの表示
月別アーカイブ
FC2カウンター