欲望学ノート6 志賀直哉と夏目漱石(2) 西洋思想の内化

頭痛、絶え間ない眠気、強度の疲労感に悩まされてブログ執筆ができず、もしかすると慢性疲労症候群にかかってしまったのかと思っていた。また、強度の疲労感は、ウツの症状でもあるので、こちらの病も心配していた。が、どうやらたんなる慢性疲労であったようだ。少しずつ体力が戻ってきたからだ。

けれども、軽いウツになる危険性はあった。というのは、昨年末に、フランスの税務署から高額の住民税が二重に請求されてきて、精神的に疲労困憊していたからである。フランス出国にあたって必要な手続きは済ませてあったので、書留便で2回抗議し、メールで5往復のやり取りをした。フランスでは、謙虚な態度や遠慮は決してよい結果をもたらさないが、連中とやり合うのは疲れる。

私のフランス滞在は1年間だけなのに、一昨年と昨年の両年度に住民税を課したという、法律上不当な回答が、税務署から最後に来た。自力ではもはやどうしようもないと思い、パリ在住の弁護士の方にすべてお任せし、この件は考えないことにした。どうして、フランスの企業も役所もミスが多く、それを簡単には訂正してくれないのだろうか。

他方、エリゼ宮のホームページに、フランス大統領宛の投書欄がある。そこに、今回の件の善処を書き込んだら、1週間後に、共和国大統領官房長という肩書きの人から、関係機関に調査を命じたという返事のメールが来た。本当に善処してくれるかどうかわからないが、何だか嬉しくなった。オランド大統領、大衆の心をつかむやり方を知っていますね。

フランスの税務署とのやり取りの間、イライラしながら論文を書きあげて、法政大学の経済学部に提出した:「志賀直哉と夏目漱石は西洋思想をどのように内化したのか(序論)」。志賀直哉における「西洋思想の内化」を「近代の超克」として、夏目漱石のそれを「問題としての展開」として扱うという、自分なりの方針を宣言するだけの、きわめて雑な論文になってしまった。ともかく、今後、夏目漱石を中心に、小説、心理学、倫理学、哲学の関係を追及していくつもりである。

漱石とともに、ドゥルーズ、ラカン、ハイデガーを研究していくのはもちろんである。ドゥルーズについては、4月から引き続いて法政大学文学研究科(大学院)で『差異と反復』の精読をおこなう。ラカンのSLVについては、今月末から少人数で私的な読書会を開く。ハイデガーについては読書会を開く時間がない。

さて、『夏目漱石 蔵書(洋書)の記録』(佐々木靖章 てんとうふ社)に、文学はもちろんのこと、哲学や心理学の書名も数多く記されている。漱石はドイツ哲学やフランス哲学を英訳で読んでいるが、それにしても、あらためて明治の知識人恐るべしの感を深くしている。

『漱石全集』第21巻(岩波書店、1997年)、『ノート』には、文学や哲学や心理学などに関するメモ、小論文が収められているが、それらはほとんど、いわば「漢字仮名英単語混じり文」で書かれている。そこに、「Monoconscious Theory」という題でノートが収録されている。

298頁に、「egoノcontinuityハidea又ハsentimentヲwillスル即自己ヲ未来ニprojectスルニアルカ Guyau p.66参考」とある。

さらに、「capricious personノconsciousnessハunilateralナリ Guyau 93」。

実に興味深い「漢字仮名英単語混じり文」ではないか。

Guyauとは、フランスの哲学者であり詩人であるジャン=マリー・ギュイヨー(1854~1888)である。彼は、ニーチェやベルクソンに影響を与え、日本でも、中江兆民や大杉栄に大きな影響力を及ぼした哲学者=詩人である。

漱石は、彼の著書を英訳で読んでいる:《Education and Heredity》。この本は、漱石の死後間もなく邦訳されている。1926年には、『倫理学 義務及び制裁なき道徳の考察』が邦訳され、この素晴らしい本は、その後2回他の訳者によって邦訳が試みられている。漱石はまた、イギリスの心理学者ロイド・モーガン(Conwy Lloyd Morgan、1852~1936)からも影響を受けている。(以上に関して、ギュイヨーやモーガンについての研究がいくつかある。岡三郎はもちろんのこと、小倉脩三、塚本利明、エディ・デュフルモンなどが論文を書いている。)

私自身は、漱石の小説を、たんなる小説としてではなく、哲学としても分析するつもりだ。小説=哲学として。たとえば『明暗』の本文に、漱石の評論、論文、ノートを交差させるという形式で。同時に、『ノート』における「漢字仮名英単語混じり文」を、可能であれば、全面的に日本語の文章に転換したいと思っている。

よく言われることだが、年をとってようやくものごとがわかるようになるが、同時に体力が衰えていく。仕方のないことだ。しかし私はいま、夏目漱石から、精神的な力を少し与えられたように感じている。
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プロフィール

財津理

Author:財津理
思想研究家
法政大学教授
連絡先:za10@hosei.ac.jp

主な翻訳(共訳を含む)
ドゥルーズ『差異と反復』(河出書房新社)
ドゥルーズ『経験論と主体性』(河出書房新社)
ドゥルーズ/ガタリ『哲学と何か』(河出書房新社)
ドゥルーズ『シネマ1*運動イメージ』(法政大学出版局)
モニク・ダヴィド=メナール『ドゥルーズと精神分析』(河出書房新社)
メルキオール『現代フランス思想とは何か』(河出書房新社)
メルキオール『フーコー 全体像と批判』(河出書房新社)
オニール『言語・身体・社会』(新曜社)

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