『差異と反復』第二章、第4段落改訳

シネマ読書会も再開でき、来週からはラカン研究会も再開できる。ラカン研では、「盗まれた~」の読解は一時中断して、個人的な興味から、ネットで公開されている「サントーム」のテキストを日本語に転換することにした。これを終えてから「盗まれた~」に戻る。ようやく生活のペースが安定してきたので、勤勉に『差異と反復』の改訳を進めよう。現在『差異と反復』の第2章を始めから訳し直しているが、第2章の前半部の哲学にそくした時間論つまり反復論の改訳が済めば、後半部すなわち精神分析における時間論には入らずに、序論に戻るつもりだ。『差異と反復』の注釈は、まず何らかの雑誌に発表してからこのブログにも掲載しようと考えている。

『差異と反復』第4段落改訳、なお訳語は絶えず見直している。

① なるほどベルクソンのたとえは、ヒュームのそれと同じではない。
② 前者は閉じられた反復を指し示しており、後者は開かれた反復を指し示している。
③ さらに、前者は、A A A A(チック、チック、チック、チック)というタイプの要素の反復を指しており、後者はAB、AB、AB、A・・・・(チック・タック、チック・タック、チック・タック、チック・・・・)というタイプの事例の反復を指している。
④ これらの形式の主要な区別は、以下の点にもとづいている。
【p99】
⑤ すなわち、後者の形式においては、差異〔変化、新しいもの:第1段落〕が、諸要素一般の縮約において現れるだけではなく、さらに個別的なそれぞれの事例〔チック・タック〕において、対立関係によって規定され結びつけられた二つの要素〔チックとタック〕の間にも存在するということである。
⑥ この場合、対立の機能は、要素的な反復を権利上〔論理上〕限定するということ、すなわち要素的な反復をもっとも単純なグループ〔チックタック〕にそくして閉じるということ、要素的な反復を二者からなる最小のもの〔の反復〕へと還元する(チックが裏返ってタックとなる)ということにある。
⑦ したがって差異は、一般性の最初の形態〔生ける未来規則:第2段落〕を捨てるように見え、反復する個別的なもののなかに〔チックとタックの差異として〕配分されるのだが、しかしそうなるのは、新たな生ける一般性を引き起こすためなのである。
⑧ 反復は、「事例〔チック・タック〕」のなかに閉じ込められ、二者〔チックの次にはタックが来るということ〕に還元されてはいるが、しかし事例そのもの〔チック・タック〕の反復にほかならぬ新たな無限が開かれる。
⑨ それゆえ、あらゆる事例の反復〔チック・タック、チック・タック、チック・・・・〕は本性上開いており、あらゆる〈要素の反復〔チック、チック、チック、チック〕〉は本性上閉じている、と考えるのは誤りであろう。
⑩ 〔ヒュームにおける〕事例の反復は、諸要素間の二項対立が閉じられる〔チック・タックに限定される〕ことによって初めて開かれるのだし、逆に、〔ベルクソンにおける〕要素の反復は、以下のような事例の構造を指し示すことによってようやく閉じられる。すなわち、それ〔その要素の反復、つまりチック、チック、チック、チック〕がそれ自身総体として、対立する二つの要素のうちの一方の役割を果たすようになる構造をである。
⑪ たとえば、四が四つの打音に対してひとつの一般性であるだけでなく、「四時」が〈三〇分前〉と〈三〇分過ぎ〉によって一対の関係〔四時三〇分前、四時三〇分過ぎ〕になり、さらに、知覚的世界の視野においては、朝の四時と夕方の四時が裏返しになっているということによって一対の関係〔午前四時、午後四時〕になる。
⑫ そうした二つの反復形式は、受動的総合において常に相互に指し示しあう。
⑬ すなわち、事例の反復は要素の反復を前提としているのだが、要素の反復は必然的に越えられて事例の反復になるのである(そこに、以下のような受動的総合の自然的傾向が由来している、つまりチック・チックをチック・タックのように感じる傾向である。)

ラカン「《盗まれた手紙》についてのセミナー」の翻訳(1)

ネットで公開されているフランス語テクストにもとづくジャック・ラカン「《盗まれた手紙》についてのセミナー」の最初(といっても、SEUIL社,1966のテクストの最初)の18の段落の拙訳が、法政大学「多摩論集」第34巻2018年3月に掲載されたので、その翻訳をこのブログでも公開する。「多摩論集」における翻訳では、各段落の文章を切り離して番号を付け、原文を添えたが、ここでは簡略化した訳文を載せる。一応、読める訳文になっていると思う。
まだ残務整理に時間をとられているので、4月から『差異と反復』の改訳を継続したい。この「《盗まれた手紙》についてのセミナー」の翻訳もこつこつ続けてゆくつもりだ。



ジャック・ラカン「《盗まれた手紙》についてのセミナー」の翻訳(1)
                                                                    財津 理

 はじめに
本翻訳は、インターネットで公開されているラカンのフランス語テクストLe Séminaire sur « La lettre volée » prononcé le 26 avril 1955 au cours du séminaire Le moi dans la théorie de Freud et dans la technique de la psychanalyse fut d’abord publié sous une version réécrite datée de mi-mai, mi-août 1956, dans La psychanalyse n° 2, 1957 pp. 15-44 précédé d’une « Introduction », pp. 1-14の本論の第1段落から第18段落までの訳である。以前に発表した【研究ノート】:『ジャック・ラカン「《盗まれた手紙》についてのセミナー」の翻訳と注釈(1)』(法政大学『経済志林』Vol.78,No.4 2011/3/10所収)の翻訳部分(第1段落から第5段落)に修正を加えたものを再録する。翻訳する段落の順序は、Le Séminaire sur « La lettre volée »,in ÉCRITS, (ÉDITION DU SEUIL,1966)に合わせて変更した。すなわち、上記論文では冒頭に置かれている「序INTRODUCTION 」は、ÉCRITSでは末尾に置かれている。訳出はÉCRITSの順序に従っているが、翻訳文そのものは全面的に上記ネット・テクストに準拠している。なお、詳しい注釈は、全テクストの翻訳が完了してから改めて作成する予定である。なお、この翻訳は、財津が主宰するラカン読書会のメンバー、岡本広由、西川直樹 小出義治 磯村大による議論から多くのものを得ている。

凡例
()は原文にある記号。
〔〕は、原語あるいは訳者による補いを示すための記号。
〈〉は、文意を取りやすくするために訳者が挿入した記号。
斜体の原語は、訳語も斜体にした。


エピグラフ

そんでそれ(エス〕)【注1】がおいらに運よくできるなら、
そんでそれ〔エス〕がうまく運ぶなら、
それ〔エス〕が思考=思想というもんだ。〔ゲーテ『ファウスト』2458~2460〕

Und wenn es uns glückt,
Und wenn es sich schickt,
So sind es Gedanken.

第1段落
われわれは、研究を続けた結果、以下のことを再認するに至った。すなわち、反復自動症〔automatisme de répétition〕(反復強迫〔Wiederholungszwang〕)【注2】の原理は、われわれが〈記号的に意味する連鎖【注3】〉の〈執拗な存立〔insistance〕〉と呼んだもののなかで把捉される【注4】ということをである。 この概念そのもの〔すなわち、執拗な存立 insistance〕を、われわれは、〈外への‐存立〔ex‐sistence〕【注5】〉(すなわち、中心から外れた場所)と相関するものとして明らかにしたのであって、われわれは、フロイトの発見を真剣に把捉するべきである以上、その〈外への‐存立〉(すなわち、中心から外れた場所)に、無意識の主体を位置づけなければならない。 象徴的なもの〔象徴界、あるいは記号的に意味する連鎖、象徴的連鎖〕についてのそうした把捉【注6】が、人間の生体のもっとも内奥のところにまで働くのは、想像的なもの〔想像界〕をどのように経由することによってであろうか。これを理解することができるのは、よく知られているとおり、精神分析によって創始された経験においてである。


第2段落
このセミナーの教育が行われるのは、以下のことを主張するためである。すなわち、そうした想像的諸影響は、それら想像的諸影響を結び付け方向づける象徴的連鎖【注7】に関係づけられるにしても、われわれの経験の本質的なところを表すどころか、反対にそれの不整合なところしか告げてくれない、ということをである。


第3段落
なるほどわれわれは、〈記号的に意味する連鎖〉の進み具合であるあの偏り、すなわち象徴的交替のあの偏り【注8】における想像的刷り込み(Prägung 刻印づけ)の重要性を知っている。 しかしわれわれは、その連鎖に固有な法〔 loi 〕こそが、主体にとって決定的な精神分析的諸結果を支配しているということを主張する。精神分析的諸結果とは、たとえば、「排除 forclusion (Verwerfung)」,「抑圧 refoulement (Verdrängung)」, 「否定 dénégation (Verneinung)」そのものである。―――われわれは、それら諸結果が、たいへん忠実にシニフィアン〔記号的に意味するもの〕の置き換え〔位置変更〕【注9】に従っているので、想像的諸要因が、慣性を有しながらも、そこでは影や反映のような姿しか呈さないということを、しかるべく強調して明言しておく。


第4段落
とはいえ、そうした強調が、あなた方の判断にとっては、以下のような或る一般的な形式の諸現象を抽象的に取り出すことにしか役立たないということにでもなれば、無駄に浪費されたということになってしまうだろう。すなわち、或る一般的な形式の諸現象とは、われわれの経験においては特殊的であるが、その特殊性があなた方にとっては本質的なままであるような諸現象、しかも〔精神分析の〕技法がなければその諸現象の独特の〔想像界と象徴界との〕混成状態は解消されないような諸現象のことである。


第5段落
だからこそわれわれは、われわれが研究しているフロイトの思想を契機として顕わになる真理、すなわち、主体にとってものごとの構成要因となるのは象徴的秩序であるという真理を、今日あなた方のために例証しようと考えたのである。しかもそうするのは、主体がひとつのシニフィアンの経路から受け取る主要な決定を、或る物語〔ポー『盗まれた手紙』〕のなかであなた方に論証することによってである。

第6段落
フィクションの存在そのものを可能にしているのはまさにそうした真理であるということにわれわれは注目しよう。 したがって、ひとつの作り話〔フィクション〕は、他のどの物語〔フィクション〕と同じように、それ〔真理〕を明るみに出すのに適している―――たとえその場合、それ〔作り話〕の首尾一貫性を吟味せざるを得ないにしても、そうである。 このような留保条件を別にすれば、人々はそれ〔作り話〕が恣意性によって支配されていると信じることができるかもしれないだけに、それ〔作り話〕はますます純粋に象徴的必然性を明示するという優れた点をもちさえするのである。


第7段落
こういうわけで、われわれは、我々の実例を、もっと遠くまで探しに行かないで、その物語〔ポー『盗まれた手紙』〕そのものから取った。その物語とは、われわれがつい最近利用した偶数か奇数かのゲームに関する弁証法が挿入されている物語である。 すでにそこ〔その弁証法〕に支えを見出しているひとつの研究コースを開講するにあたってこの物語が好都合であると明らかになったのは、おそらく偶然ではないだろう。


第8段落
おわかりのように、いま問題にしているのは、ボードレールが《 la lettre volée 〔盗まれた手紙〕 》というフランス語の題名で翻訳した短編小説である。 最初から、ひとはそこ〔短編小説〕において、一つのドラマを、それについてなされるナレーションから、またこのナレーションの諸条件から区別するだろう。

第9段落
そのうえ、ひとはすぐに、どうしてそれら合成諸要素が必要になるのかを見て取るし、またそれらが、それらを組み立てた者のもろもろの意図から逃れ得なかったということを見て取る。


第10段落
そのナレーションは、確かに、そのドラマに或る注釈を加えているのであって、もしもその注釈がなかったら、演出は可能ではなくなってしまうだろう。〔もしもその注釈がなかったら〕言ってみれば、そのドラマのアクション/筋は、厳密に語るならば観客/読者から見えないままになってしまうだろう。 ―――さらに言うなら、そのドラマのせりふは、そのドラマに関係しうるあらゆる意味を、どの聴取者にとっても、意図的にかつそのドラマに必要であるがゆえに欠いていると思われてしまうだろう。 ―――言い換えるなら、そのドラマを演じるときに俳優たちの一人が持っていた視点から、ナレーションがそれぞれのシーン/光景に与えるところの、そう言ってよければ一定の角度のある光による照明というものがなければ、撮影しても録音しても、そのドラマに関することは何も現れることができなくなってしまうだろう。


第11段落
それらのシーン/光景は二つあり、その第一のシーン/第一の光景を、われわれは直ちに原光景/最初のシーンという〔精神分析用語でもある〕名で指し示すのであるが、これは不注意からのことではないのであって、というのも第二のシーン/第二の光景は、まさにここ〔この物語〕で予定されているという意味で、原光景/最初のシーンの反復と考えられ得るからである。


第12段落
さて、〔『盗まれた手紙』において〕ひと〔警視総監〕がわれわれに話すところによれば、その原光景/最初のシーンが演じられるのは王宮の閨房のなかなので、一通の手紙を受け取るときに、その閨房のなかにたった一人でいるもっとも身分の高い人物、それも高貴な方と言われる人物は、王妃ではないかとわれわれは思う。こうした気持ちは、もう一人の高貴な人物の入室によって彼女が陥る窮地からして堅固なものになる。というのも、そのもう一人の高貴な人物について、ひと〔警視総監〕は、その話の前に、われわれに次のように語っていたからである。すなわち、そのもう一人の高貴な人物が知り得るでもあろう当該の手紙の内容が、その婦人に対して、まさしく彼女の名誉と安全そのものを危うくするだろう、と。D大臣の入室とともに始まるシーン/光景に応じて、われわれは実際、まさに王が問題になるということをすぐに疑わなくなる。 事実このとき、王妃は、テーブルの上に手紙を「ひっくり返して、あて名を上にして」置きっぱなしにして、王の不注意に賭けることよりもっと上手いやり方はできなかった。けれども、この手紙は、大臣の山猫のような鋭いまなざしから逃れることはできないし、また、大臣は必ず、王妃の狼狽に気づき、彼女の秘密を見破る。これ以後、すべては、あたかも時計のなかで起こるように繰り広げられる。 大臣は、いつもの調子と才気でもって通常の仕事を片付けた後、彼の目の前にある手紙と外観が似ている一通の手紙をポケットから取り出し、そして読むふりをしてからその手紙を前者の手紙の脇に並べて置く。彼は、さらに王の注意を逸らす言葉を幾らか口にしてから、その厄介な手紙を無造作につかみ取って立ち去ってしまい、その間、王妃は、大臣の巧妙なやり口を何ひとつ見逃さなかったが、そのとき彼女の横にいた王たる夫の注意を呼び覚ますのを恐れて動くことができなかった。


第13段落
したがって、そこにおいて誰もしくじらなかったその作戦/演算のひとりの理想的な〔ありえないほどの〕傍観者〔何もしない王〕にとってなら、一切は気づかれずに済むこともできただろう。そして、その作戦/演算の商〔答〕は、大臣が王妃から彼女の手紙を盗んだということであり、またこちらのほうがはるかに重要な解答であるが、王妃は、その手紙をいま保持しているのは大臣であり、それも悪意をもたずにそうしているのではない、ということを知っているということである。


第14段落
シニフィアンに関することなら何でも考慮に入れておかなければならないと躾けられていても、だからといって必ずしもそれをどうするべきかわかっているわけではない精神分析家なら、誰でもが切り捨てない余りがある。それはすなわち、大臣からは放棄され、王妃の手によっていまや丸められて〔捨てられても〕よい手紙である。


第15段落
第二のシーン/第二の光景、大臣の執務室。それは、大臣の官邸のなかにある。そして、謎解きに適したデュパンの才能をこうした状況でポーが導入するのは二度目なのだが、そのデュパンに警視総監がそれ〔盗まれた手紙〕について語って聞かせた話から、われわれは次のことを知っている。すなわち、大臣がふだん夜は不在なので、警察は、十八ヵ月前からできる限り頻繁に官邸に出入りして、官邸とその周辺をくまなく捜索したということをである。だが―――誰でもが、状況からして、大臣がその手紙を手の届くところに保存しているということを推論できるにもかかかわらず―――その捜索は無駄であった。


第16段落
デュパンの来訪が大臣に告げられた。大臣は、まるでロマン派文学の憂愁を思わせる言葉を口にしながら、わざとらしい無頓着さで彼を迎える。けれども、こんな見せかけにだまされないデュパンは、緑の色眼鏡で自分の眼を隠して、部屋中の物を注意深く眺める。彼のまなざしは、ひどく傷ついた一通の手紙に向かう。マントルピースの真ん中に吊り下げられて、何か金ぴかなもので人目を引いている、ボール紙でできたちゃちな名刺差しの仕切りのなかに、その手紙は差し込まれてほったらかしにされているように見える。そのときすでに彼は理解する、自分が探している物をいま目の前にしているのだと。大きさは一致しても、彼が知っている盗まれた手紙の特徴とは合致しないように見える細部によって、彼の確信はかえって強くなる。



第17段落
これ以後デュパンのなすべきことはただ、嗅ぎ煙草入れをテーブルに「置き忘れて」から引き下がり、翌日、その手紙のそのときの外観に似せた偽造物を身に着けて、その嗅ぎ煙草入れを取りに戻ることだけである。適当な頃合いに起こるよう仕組んだ騒動が往来で始まると、大臣は窓に引き寄せられ、デュパンはこれに乗じて、今度は彼が手紙を奪い取り、その代わりに偽造物を残す。そして、そのあとなすべきことはただ、うわべを取り繕ってごく普通の暇乞いをすることだけである。


第18段落
そこ〔大臣の執務室〕でも、騒音がなかったわけではないが、少なくとも大騒ぎなしに、すべては行われた。その作戦/演算の商〔答〕【注10】は、大臣はもはや手紙を持っていないが、彼自身そのことをまったく知らずにおり、デュパンがその手紙を彼から奪うなどとは思ってもみないということだ。しかも、大臣の手に残されている余り〔偽の手紙〕は、その後の出来事にとって無意味どころの話ではない。われわれはいずれ、デュパンをして偽の手紙に或る一節を書き残すようにさせた動機に立ち戻ることになろう。何はともあれ、大臣がその偽の手紙を〔本物だと思って〕利用しようとするとき、デュパンの筆跡を再認させるべく書かれた次のような言葉を、当の大臣はそこに読むことができるはずである。

  かくもむごき企みも、
  ティエストには、まこと応報なれ、アトレには当らずとも。【注11】

これがクレビヨンの『アトレ』の一節であることを、デュパンはわれわれに教えている。





【注1】「それ(エス)」の原語は《es》であるが、この《es》を非人称代名詞とはみなさずに、あえて「それ(エス)」と訳したことについては、前掲【研究ノート】p346を参照。

【注2】「反復自動症〔automatisme de répétition〕と「反復強迫〔Wiederholungszwang〕」との関係については、同【研究ノート】p350参照。

【注3】《la chaîne signifiante》に、ほぼ定着したと思われる「シニフィアンの連鎖」という訳語を当てず、「記号的に意味する連鎖」と直訳した。この辺の事情については、同【研究ノート】p349参照。さらに、この《la chaîne signifiante》を、以下に現れる「象徴的連鎖 chaîne symbolique」と同義とみなす。

【注4】「反復自動症〔automatisme de répétition〕(反復強迫〔Wiederholungszwang〕)の原理は、われわれが〈記号的に意味する連鎖〉の〈執拗な存立〔insistance〕〉と呼んだもののなかで把捉される」を、以下のようにも意訳することができる:「反復自動症(反復強迫)は、われわれが〈シニフィアンの連鎖〉の〈執拗な存立〔insistance〕〉と呼んだものに由来する」。
以下の第1段落⓷の原文における《 cette prise du symbolique 象徴的なものについてのそうした把捉 》の「そうした把捉 cette prise 」が、この第1段落⓵の文における「prendre 把捉する(ただし受動態に変換して訳した)」という動詞を指すと思われるので、それらの対応関係を際立たせる訳し方をした。

【注5】「外への‐存立〔ex‐sistence〕」については、同【研究ノート】p351を参照。

【注6】《prise》を「把捉」と訳す。【注4】で言及したとおり、この《prise》を、上記の⓵の原文に含まれる《prendre 把捉する》という動詞(受動態にして訳した)に由来する名詞とみなす。つまり、⓷は⓵を受けているとみなす。したがって、《le symbolique》 」を、たんに「象徴界」と訳さないで、もっと具体的に⓵の訳文に含まれる「記号的に意味する連鎖」とみなし、「象徴的なもの」と訳した。

【注7】《 chaîne symbolique 》を「象徴的連鎖」と訳す。この「象徴的連鎖 chaîne symbolique」を、「序 INTRODUCTION」における《 chaîne symbolique 》とみなす。ÉCRITS p51~52参照。

【注8】《 ces partialisations de l’alternative symbolique 》を「象徴的交替のあの偏り」と訳す。「あの ces」とあるので、「象徴的交替 l’alternative symbolique」を、「序 introduction」における《 alternative 》あるいは《 alternance 》を指すとみなす。ÉCRITS p47参照。

【注9】《 déplacement (Entstellung) du significant 》を「シニフィアン〔記号的に意味するもの〕の置き換え〔位置変更〕」と訳す。「置き換え〔位置変更〕 déplacement (Entstellung)」については、前掲【研究ノート】p351参照。

【注10】商と余りは、第13段落と第14段落のそれに対応している。

【注11】ポオ『黒猫・モルグ街の殺人事件』中野好夫訳、岩波文庫、2002年所収、『盗まれた手紙』p252

『差異と反復』第二章、第3段落、注釈11

3月末で定年退職を迎えるが、2月末に経済学部に提出する論文の執筆で時間がとられている。このブログで書いてきた『差異と反復』第二章のぐちゃぐちゃした注釈をもっとスッキリまとめて、「時間の第一の総合―――生ける現在」に関する注釈的論文の執筆に時間を割きたいと思っている。というわけで、今回のブログ記事では、第三段落の最後の部分の改訳の訳文を公表するだけにしておきたい。

改訳を続けてきて痛感したのは、やはり、『差異と反復』原文の精読は限りがないということだ。けれども、日本の読者の精読に耐えうる訳文を作り上げなければ・・・・。

第3段落、前回改訳の続き(文庫上、p201~202)

⑦ そうではなく、記憶は、互いに区別されるものとしてのもろもろの特殊な事例を、想像力の質的印象のほうから復元し、それら諸事例を、記憶特有の「時間スペース(一応、「時間の空間」ではなく「時間スペース」と訳す。ドゥルーズ自身の表現か、あるいはベルクソンか他の誰かの言葉か、まだ突き止めていない)」のなかで保存するということである。
⑧ そうなると、過去は、もはや過去把持〔「フッサール『内的時間意識の現象学』の用語。立松訳の訳語に従う。〕における直接的な過去ではなく、かえって、表象=再現前化における反省的過去、すなわち反省され再生された特殊性になる。
⑨ これと相関して、未来も先取りにおける直接的な未来ではなくなり、予想における反省的未来、すなわち知性における反省された一般性になる(知性は、想像力における予期を、観察されたあるいは想起された互いに区別されるもろもろの同じような事例の数に釣り合わせて考えてしまう)。
⑩ ということは、記憶と知性の能動的総合は想像力の受動的総合に重なって、これに依拠するということである。
⑪ 反復の構成は、それだけですでに三つのレベルを含意している。まず、反復を思考されえないままにしておく即自、つまり反復ができあがるそばからその反復を壊してゆく即自。つぎに受動的総合における対自。さらに、この受動的総合に基づきながらも、能動的総合における「対われわれ」の、反省された表象=再現前化。
⑫ 連合説には無二の精妙さがある。
⑬ ベルクソンが、同様な問題にぶつかるとき、いちはやくヒュームにおける諸分析を取り戻すのは、驚くべきことではない。
⑭ すなわち、四時の鐘が鳴っている・・・。
⑮ どの一打も、どの振動あるいは刺激も、論理的には互いに独立しており、瞬間的精神である。
⑯ しかし〈われわれ〉は、あらゆる思い出〔souvenir スヴニール:ベルクソンの用語、souvenirを今後「思い出」と訳す。これについては、稿を改めて論じなければならない〕あるいは判明な計算から離れて、持続の本質たる生ける現在つまり受動的総合のなかで、それら〔四つの音〕を縮約して、ひとつの内的な質的印象をつくりあげる。
⑰ 次いで〈われわれ〉は、それら〔四つの音〕を、或る〈補助的なスペース〉〔ベルクソンの言葉、上記「時間スペース」を指すだろう〕のなかに、つまり或る派生的な時間のなかに戻して、そこにおいて〈われわれ〉は、それらを、同数の数量化可能な外的諸印象として、再生したり、反省したり、数えたりすることができるのである。      
                                    ( 続く)

『差異と反復』第二章、第3段落、注釈10

4月から、朝日カルチャーセンター新宿校で、デカルトの講義をすることになった。私はデカルト研究から出発し、ドゥルーズを訳していたときも、デカルトについて論文を書いていた。しばらくデカルト研究から離れていたが、今後は、ドゥルーズばかりでなくデカルトも論じていきたいと思っている。デカルトについては、このブログでやっているようなドゥルーズ研究のスタイルで論じるのではなく、現在進行中の新たな科学革命を視野に入れながらデカルトに再接近するつもりである。「再接近」と言っても、マーガレット・マーラーの精神分析理論とは関係はない。マーラーではなく、レイ・カーツワイルやギルバート・ライルを参照しながら、あるいはゲノム編集を考慮に入れながら、もちろんドゥルーズを忘れずに、精神と主体に関して論じたいと思っている。


さて、再び、第1段落後半の文章を精読しよう。(文庫上、p197後ろから1行目~p198)

① ヒュームは、たとえして、〈AB、AB、AB、A・・・・・〉というタイプの、事例の反復をとりあげている。
② それぞれの事例つまりそれぞれの客観的なシークエンス〈AB〉は、他の事例からつまり他のシークエンスから独立している。
③ 反復は、(しかし正確には〔「まさしく」という訳はやめて、旧訳の通り「正確には」と訳す〕、ひとはまだ反復を語ることはできないのだが)、対象のなかでは、すなわち〈AB〉という〈物の状態〉のなかでは、何も変化させない。
④ そのかわり、或る変化が、観照する精神のなかに生じる。すなわち、或る差異が、つまり何か新しいものが、精神のなかに生じるのである。
⑤ Aが現れると、いまや私は、Bの出現を予期する。
⑥ それ〔一応、「予期」を受けているとみなす・・・財津〕こそが、それ〔「反復」を受けているとみなす・・・財津〕の構成 に必然的に入らざるをえない〔関与せざるをえない〕或る根源的な主観性としての〈反復の対自〉なのであろうか。
⑦ 反復のパラドックスとは、以下のようなことではないだろうか。すなわち、反復を観照
⑧ する精神のなかにその反復が導き入れる差異つまり変化による以外には、すなわち、精神が反復から抜き取るひとつの差異による以外には、ひとは反復を語ることができないということ。


以上を、第3段落冒頭の六つの文章と対照して考えてみよう。この六つの訳文は、前回のものを更に修正したものである。

① われわれは、対象における反復を考察していたときには、或る反復観念を可能にする諸条件の手前にとどまっていた。
② しかしわれわれは、主観における変化を考察するときには、すでにその向こう側で、一般的な形式での差異に直面する。
③ それゆえ、反復の観念的構成は、それら二つの限界〔諸条件の手前と諸条件の向こう側〕のあいだにおける一種の遡及的な運動を含意している。
④ それ〔この代名詞「それ」つまり《 Elleエル》を、「反復の観念的構成」ととる。文庫上、p201、11行目参照〕は、それら二つの限界のあいだで作られるのだ。
⑤ 想像力のなかで縮約されたつまり融合したもろもろの事例〔チック・タック〕は、それでもなお記憶あるいは知性のなかでは依然として互いに区別されたままであるということをヒュームが指摘するとき、彼が深く分析しているのは、まさにそうした運動である。
⑥ だからと言って、一つの事例が消えなければもう一つの事例を生産しないという物質の状態に、そこ〔想像力における縮約〕から戻っているわけではない。


まず、上記第1段落後半の①~③は、第3段落冒頭の①に対応するだろう。ここでは、「物の状態」つまり「物質の状態」が問題にされており、「一方が消えなければ他方が現れない」という意味での反復が語られている。

この「物質の状態」における反復のなかでは、「反復観念」は可能にならない。なぜなら、第一段落で、「物質の状態」を「一方が消えてしまわなければ、他方は現れない」と定式化した後で、「しかし、反復はできあがるそばから壊れてゆくものである以上、どうしてひとは、「二番目」、「三番目」、そして「それは同じだ」と言うことができようか。それ〔反復〕は即自を有していないのだ。」と述べていたからである。

次に、第1段落後半の④が、第3段落冒頭の②に対応するだろう。共に、「観照する精神のなかでの変化」、「差異」を語っている。

第1段落後半④において、「観照する精神のなかでの変化」は、「差異」、「何か新しいもの」と言い換えられていた。以前のブログ記事で私は、この「変化」、「差異」を「予期」とみなした。第3段落の②では、「一般的な形式での差異」と言い換えられている。

この「一般的な形式での差異」はさらに、以前のブログ記事で改訳した第2段落の「したがって生ける現在は、その現在が時間のなかで 構成している過去から未来へ進むのであり、すなわち同じことだが、特殊から一般へ進むのである。言い換えるなら、生ける現在は、その生ける現在が縮約のなかに包み込んでいるもろもろの特殊なものから、その生ける現在がおのれの予期という場のなかで展開する一般的なものへと進むのだ(精神のなかで生産された差異〔予期〕は、〈 未来のための生ける規則 〉をなすかぎりにおいて、一般性そのものである)」(文庫上、p199~200)という文章に対応しているだろう。

上記の〈 未来のための生ける規則 〉、は、前回の訳「生ける未来原則」を、今回さらに変更した訳語である。

問題は、第1段落後半の⑥および⑦の曖昧な文章である。
                               (続く) 
                             

『差異と反復』第二章、第3段落、注釈9

明けましておめでとうございます。

けれども依然として雑用から解放されず、ブログの執筆が滞ってしまった。「無理をしない」という生活原則を守っているので悪しからず。

話は変わるが、3月上旬に発行予定の法政大学の雑誌に、ラカン『《盗まれた手紙》についてのセミナー』の最初の18段落の拙訳が掲載されるので、発行され次第このブログで拙訳を公表したいと思っている。一応精読に耐える訳文になっていると思う。

御託を並べるのはやめて、第3段落の読解に移ろう。

第1段落に現れる「私」についてもそうだが、第3段落に現れる「われわれ」の叙述ステイタスは微妙である。『差異と反復』の読者は、叙述の背後に控えている叙述者ドゥルーズと叙述に現れる「われわれ」との関係を追究する必要があるだろう。

ともあれ、私は『差異と反復』の本文を理解したいと思っている。後になって訂正されることになっても理解できたという実感を得たいと思っている。

ところで、第二章の最初の原注(原注1)は第3段落の末尾に付いている。この原注1において、ベルクソン『時間と自由』とヒューム『人性論』の参照箇所が指示されている。

では、この原注の指示を、われわれは、どう受け取ればよいのだろうか。この二つの書物の当該の箇所を読まなければ、『差異と反復』第二章の第1、第2、第3段落の議論はよく理解することができないということだろうか。

それともドゥルーズは、彼が参照を指示する著作の内容を展開し変奏しているにすぎないのだろうか。

あるいは、齟齬する諸セリー(連関)どうしの共鳴という、ドゥルーズの基本的な観点から、原注と本文の関係を考えるべきなのだろうか。この問題は、第2章の終わりごろで、「《偽》の力」(文庫上、p342)をめぐって考えよう。ちなみに、私が「偽の力」と訳した原語《 puissance du faux ピュイサンス デュ フォ 》は、『シネマ2』などでは、「偽なるものの力能」と訳されている。

一般的に言うなら、歴史の車輪によって踏み潰されなかった哲学書は、読者が理解を求めて思考させられる書、思考が疑問を呼びその疑問が思考を呼び求める書である。理解体験が思考を停止させる類の本ではない。

さて繰り返すが、われわれは、『差異と反復』を理解するためには、ドゥルーズが指示する哲学書あるいは思想書を読んでおかなければならないのだろうか。

たしかに、そうする必要はある。だが、われわれは、そうせずに『差異と反復』を読むこともできる。

そこで、上記の原注を無視し、この第3段落を、第1、第2段落の本文だけを頼りに、読解/思考していこう。第1、第2段落では、絶えず「物質の状態」と「精神のなか」が対比されていた。

まず、第3段落の冒頭の六つの文章を改訳し、問題を提起する
 ① われわれは、対象における反復を考察していたときには、或る反復観念を可能にする諸条件の手前にとどまっていた。
 ② しかしわれわれは、主観における変化を考察するときには、すでにその向こう側で、一般的な形式での差異に直面する。
 ③ それゆえ、反復観念の構成は、それら二つの限界〔諸条件の手前と諸条件の向こう側〕のあいだにおける一種の遡及的な運動を含意している。
 ④ それ〔反復観念もしくはそれの構成〕は、それら二つの限界のあいだで織り上げられるのだ。
 ⑤ 想像力のなかで縮約されたつまり融合したもろもろの事例〔チック・タック〕は、それでもなお記憶あるいは知性のなかでは  依然として互いに区別されたままであるということをヒュームが指摘するとき、彼が深く分析しているのは、まさにそうした運動である。
 ⑥ だからと言って、一つの事例が消えなければもう一つの事例を生産しないという物質の状態に、そこ〔想像力における縮約〕から戻っているわけではない。


①の「反復観念」は、旧訳では「反復の理念」である。原語は《 idée 》 である。私は、さんざん迷ったあげく旧訳では「理念」にしたのだが、現在は、大文字の《 Idée 》を「理念」あるいは「イデア」と訳し、小文字の《 idée 》は「観念」と訳そうと思うようになった。しばらくこの方針で、読みを進めよう。

そこでまず、「反復観念を可能にする諸条件の手前」とは何か。「手前」とは、「われわれが対象における反復を考察していたとき」のポジションであり、「対象」は「瞬間的精神としての物質」なのだから、「〈瞬間的精神としての物質〉の状態」であろう。すなわち「一方が消えてしまわなければ他方は現れない」という状態であろう(文庫上、p197)。

次に、「その向こう側」すなわち「反復観念を可能にする諸条件の向こう側」とは何か。それは、「主観における変化を考察するとき」のポジションであり、「われわれが一般的な形式での差異に直面するとき」である。それは、「反復を観照する主観における変化を、われわれが考察するとき」と言ってよいだろう。「主観における変化」は、「差異」、「何か新しいもの」と言いかえられている(文庫上、p197~198)。

要するに、まず、「反復観念を可能にする諸条件の手前」は「一方が現れると他方は消えてしまっている物質の状態」であり、次に、「反復観念を可能にする諸条件の向こう側」は「観照する主観における変化」であろう。

では、「反復観念を可能にする諸条件」とは何か。第1段落の末尾の説明と齟齬していないだろうか。さらに考えていこう。
                                    
 (続く)

『差異と反復』第二章、第2段落、注釈8

『差異と反復』第二章第2段落の精読に戻ろう。これまで、読解があまりにも重複しておりまたゴチャゴチャしているので辟易している読者もいるだろうが、おつきあい願いたいと言うほかはない。解析と読解が或る程度進んだところで、話をスッキさせるつもりではいる。
テクストを一行ごとに理解しようとする態勢は維持したいが、しかし、読解できたとは思えない文章にも突き当たるので、それについては疑問を提示するだけにしよう。その際、フランス語原文の解釈の問題になるので、そこは読み飛ばしていただいて差し支えない。

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これまでの精読部分:『差異と反復 上』文庫版 p198、11行目~p199、15行目

時間の第一の総合—――生ける現在
そのような変化〔=反復を観照する精神のなかにその反復が導き入れる差異つまり変化〕は、どうなっているのだろうか。ヒュームの説明によれば、互いに独立した同一のあるいは似ている諸事例は、想像力のなかで融合する。想像力は、ここではひとつの縮約能力として、言わば〔古典的な写真機の〕感光版として定義される。想像力は、新たなものが現れてきても、以前のものを保持している。想像力は、等質な諸事例、諸要素、諸振動、諸瞬間を縮約し、それらを融合して、或る種の重みをもった内的な質的印象をつくる。Aが現れると、すでに縮約されているすべてのABの質的印象に応じた力で、われわれはBを予期するのである。それは、断じて記憶ではなく、知性の働きでもない、つまり縮約は反省ではないということだ。厳密に言うなら、縮約は時間の総合を成している。瞬間の継起は時間をつくらない、それどころか、時間をこわしてしまう。つまり、瞬間の継起は、時間が生まれようとしてはつねに流産してしまう点を示しているだけである。時間は、瞬間の反復を対象とする根源的総合のなかでしか構成されない。この根源的総合は、互いに独立した継起的な諸瞬間の一方を他方のなかで縮約してゆく。このようにして、根源的総合は、生きられる〔体験される〕現在を、つまり生ける現在を構成しているのである。そして、時間は、まさにその現在のなかで広がる。過去も未来も、まさしく生ける現在に属している。すなわち、過去は、先行する諸瞬間がそうした縮約のなかで把持されているかぎりにおいて、生ける現在に属しており、未来は、予期がその同じ縮約のなかでは先取りであるがゆえに、生ける現在に属している。過去と未来は、現在とされた瞬間から区別される〔二つの〕瞬間を意味しているのではなく、諸瞬間を縮約しているかぎりでの〔生ける〕現在そのものの〔二つの〕次元を意味している。その現在は、過去から未来へ進むために、自分の外に出る必要はない。

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以下、今回の精読部分:『差異と反復 上』文庫版p199、15行目から、第2段落の終わりまで。一文ずつ切り離して改訳し、便宜的に番号をつける。その後で解析と問題提起を行う、なお、文庫版(ハードカバー版)に、一か所誤植があるので訂正する。


⓵したがって生ける現在は、その現在が時間のなかで構成している過去から未来へ進むのであり、すなわち同じことだが、特殊から一般へ進むのである。

⓶言い換えるなら、生ける現在は、その生ける現在が縮約のなかに包み込んでいるもろもろの特殊なものから、その生ける現在がおのれの予期という場のなかで展開する一般的なものへと進むのだ(精神のなかで生産された差異〔変化、何か新しいもの、つまり私は予期するということ〕は、生ける未来原則をなすかぎりにおいて、一般性そのものである)。

⓷こうした総合は、どこから見ても、まさしく受動的総合と名付けるほかはないものである。

⓸この総合は、〔時間を〕構成するのだが、だからといって能動的な総合であるわけではない。

⓹この総合は、精神によってつくられるのではなく、観照する精神のなかで、どのような記憶にもどのような反省〔邦訳では反省ではなく反復になっているが、反省が正しい―――訳者〕にも先立って、できあがるのである。

⓺時間は主観的なものであるが、しかしそれは、或る受動的な主観〔私〕の主観性〔私は思考するに属することがら〕である。

⓻この受動的総合、つまり縮約は、本質的に非対称的である。

⓼すなわち、それ〔受動的総合〕は、現在のなかで過去から未来へ進み、したがって、特殊から一般へ進むのであり、このようにして時間の矢を方向づけるのである。
                                                           以上、第2段落終わり

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第2段落の解析と問題提起

すでに述べたように、時間の第1の総合は、経験的なレベルでの時間の受動的総合である。この受動的総合は、互いに独立した継起的な諸瞬間の一方を他方のなかで縮約してゆくという意味での縮約である―――この縮約については、第3段落を精読するときに、フッサールにおける内的時間意識を参照しながらもう一度考察しよう―――。

この段落の語句のまとめ:「時間(生ける現在)の総合」=「諸瞬間の縮約」=「根源的総合」=「受動的総合」

ところで、縮約される諸瞬間は、抽象的な時間的意味での瞬間ではない。またそれは、「一方が消えてしまわなければ、他方は現れないもの」として前提された瞬間的な物理現象そのものではない。それは、われわれの観点からするなら、その瞬間的な物理現象を観照する精神における一種の知覚現象であろう。 

「互いに独立した同一のあるいは似ている諸事例は、想像力のなかで融合する。想像力は、ここではひとつの縮約能力として・・・として定義される」。縮約される諸事例とは、たとえば、第4章で明示されるように、AB、AB、AB、A・・・(チック・タック、チック・タック、チック・タック、チック・・・)である。

だが、ドゥルーズは、縮約される諸瞬間つまりもろもろの「チック・タック」を知覚現象だとは言わない。ドゥルーズによれば縮約=融合は想像力の能力である。

しかし、われわれの観点からすれば、縮約が始まる前に、まず縮約される事例(チック・タック)が精神に与えられなければならない。与えられた事例が想像力のなかで縮約=融合されるのであろう。縮約=融合に先立って「与えられる」ということを、われわれは知覚と呼んだのである。もちろん与えられると同時に縮約が始まるのだろうが、縮約は知覚ではないだろう。

経験科学たらんとする心理学的の観点からするなら、知覚されるべき瞬間的物理現象はどれほど短い間でも持続するだろうし、縮約されるべき瞬間的知覚はどれほど短い間でも持続するだろう。これについては、ベルクソンの議論があるが、今は脇に置いておこう。

ドゥルーズの前提によれば、瞬間的物理現象は「一方が消えてしまわなければ、他方は現れない」であり、縮約されるべき瞬間的知覚は持続する現在のなかにある(『差異と反復 上』文庫版p215)。

時間の第1の総合は経験的レベルの総合だとドゥルーズは言うが、経験科学としての心理学のレベルでの議論ではない。それはやはり、経験に関する形而上学的議論である。ドゥルーズは、晩年に至るまで、いや晩年においてこそ、形而上学を肯定している。

論理的に瞬間的だと前提された物理現象は、「物の状態」あるいは「物質の状態」とも呼ばれているのだが、物質そのものはライプニッツにおける「瞬間的精神」とも言い換えられている。従来の哲学史的通念からすれば、ドゥルーズは観念論臭い出発点を設定していると言えよう。

最初に聞こえるチック・タックに、次に聞こえるチック・タックが融合し、またその次に聞こえるチック・タックが融合していくという、諸事例の融合つまり縮約は、物理現象ではなく、観照における精神現象である。物質は、形而上学的な意味で瞬間的精神であるが、しかし物理現象と本来の精神現象は本性上異なっている。ここには本性上の差異がある。

すなわち、「一方が消えてしまわなければ、他方は現れない」という存在様態は瞬間的物理現象に割り当てられており、精神現象としての観照の内容は「想像力のなかでの融合」の状態にある。

これは主観的なプロセスであるが、しかし、主観的だからといって、意志的なプロセスでも知性的なプロセスでもない。つまり、能動的なプロセスではないということだ。それは、受動的なプロセス、受動的総合である。

この受動的な精神現象は、ヒュームの『人生論』の印象論を踏襲している。ヒューム『人性論』においては、精神とは、印象と観念の流れであり、精神に最初に出現するものは、諸感官に与えられた感覚的印象である。この感覚的印象は、想像力によってコピーされ、観念として残る。ドゥルーズ『経験論と主体性』を参照されたい。

さて、時間の第1の総合である受動的総合において、時間が構成される。この時間は、生ける現在である。受動的総合において構成される時間は、生ける現在なのである。この生ける現在は、時間意識の現在である。

「時間は、瞬間の反復を対象とする根源的総合のなかでしか構成されない。この根源的総合は、互いに独立した継起的な諸瞬間の一方を他方のなかで縮約してゆく。このようにして、根源的総合は、生きられる〔体験される〕現在を、つまり生ける現在を構成しているのである。」

生ける現在、つまり常に現在にある時間意識は、過去と未来を、おのれの二つの次元として具えている。縮約された諸瞬間は、過去のあり方で、生ける現在のなかで把持されている。(「把持」という語はフッサールの『内的時間意識の現象学』の訳語であり、これについては第3段落で論じる。)

継起してゆくそれぞれの「チック・タック」(物理現象)を、精神が観照するとき、その精神(時間意識)は常に現在にある、つまり継起するどの「チック・タック」の観照においても精神は常に現在にあると意識している。

たとえば、ラフマニノフのピアノ協奏曲を聞いているとき、その演奏の初めから終わりまで、どの瞬間においても音は常に現在において聞こえている。どれほど短い持続であっても聞こえている瞬間は、常に現在、今である。「聞こえる」というのは、「今聞こえる」ということであって、今聞こえているとき、意識は過去にはない。今音が聞こえているのは、過去に聞こえて「いる」ということではない。経験的レベルでは、あるいは経験の形而上学においては、私は常に現在存在しているということだ。そして、今音が聞こえている意識は、過去に聞こえ「た」音を今保存する。

こうして、現在の「チック・タック」のなかに古い「チック・タック」が融合してゆき、「或る種の重みをもった内的な質的印象」つまり「チック・タック」の質的な(つまり量的ではない)塊たる印象がつくられる。こうした印象は、観照=縮約のなかで把持されている限り現在に含まれる過去の印象である。

こう言ってよいだろう。すなわち、生ける現在のなかで諸瞬間が縮約されてつくられる質的印象の過去性が、生ける現在の非空間的な時間的次元であると。この意味で、過去は生ける現在のなかにある。

では未来はどうだろうか。未来が現在のひとつの次元として構成されるというのは、どのような事態であろうか。

ドゥルーズは、第1段落で、こう述べていた。:「反復は、・・・対象のなかでは、すなわち〈AB〉という〈物の状態〉のなかでは、何も変化させない。そのかわり、ひとつの変化が、観照する精神のなかに生じる。すなわち、ひとつの差異が、つまり何か新しいものが、精神のなかに生じるのである。Aが現れると、いまや私は、Bの出現を予期する。」

この「変化」、「何か新しいもの」、「差異」を、われわれは、「予期」とみなした。

ドゥルーズはまた、第2段落で、こうも述べている。:「未来は、予期がその同じ縮約のなかでは先取りであるがゆえに、生ける現在に属している。過去と未来は、現在とされた瞬間から区別される〔二つの〕瞬間を意味しているのではなく、諸瞬間を縮約しているかぎりでの〔生ける〕現在そのものの〔二つの〕次元を意味している。その現在は、過去から未来へ進むために、自分の外に出る必要はない。」

予期は先取りである。ドゥルーズはこう述べている:「Aが現れると、すでに縮約されているすべてのABの質的印象に応じた力で、われわれはBを予期するのである。」チック・タックを聞き続けていると、チックを聞いただけで、タックを予期してしまう。こうしたタックの予期は、未来のタックの先取りである。先取りされる未来のタックの未来性が、生ける現在の非空間的な時間的次元である。

さらにドゥルーズはこうも述べている:「したがって生ける現在は、その現在が時間のなかで構成している過去から未来へ進むのであり、すなわち同じことだが、特殊から一般へ進むのである。言い換えるなら、生ける現在は、その生ける現在が縮約のなかに包み込んでいるもろもろの特殊なものから、その生ける現在がおのれの予期という場のなかで展開する一般的なものへと進むのだ(精神のなかで生産された差異〔変化、何か新しいもの、つまり私は予期するということ〕は、生ける未来原則〔旧訳では、未来に関する生ける規則〕をなすかぎりにおいて、一般性そのものである)。」

生ける現在は、その現在が時間のなかで構成している過去から未来へ進む。しかし、この時間は、どのような時間だろうか。この「時間のなかで」という表現があるために、われわれは、現在と過去と未来のほかに、時間なるものを想定したくなる。あるいは、「時間のなかで」は「時間の様態で」と読むのかもしれない。

ドゥルーズは、「現在は、過去から未来へ進むために、自分の外に出る必要はない」と述べていた。過去と未来は現在が構成し、現在に属する次元だから、現在は自分のなかで過去から未来へ進むことになる。言い換えるなら、生ける現在は、自分のなかでつくられた過去の質的印象(これまでのすべてのチック・タックの質的かたまり)の過去性から、今チックが鳴ると同時に、未来のタックの未来性へと進む。ただし、この未来のタックは即自的なタックではなく、先取りされた、つまり予期されたタックである。

だが、問題は、「特殊と一般」というドゥルーズの表現にある。過去から未来へ進むことを、ドゥルーズは「特殊から一般へ進むこと」だとしている。私は、《le particulier》を「特殊」と訳し、《le général》を「一般」と訳した。ともに論理学用語とみなした。さらにドゥルーズは「特殊」の複数形で表現しているので、「もろもろの特殊なもの」と訳した。「もろもろの特殊なもの」とは「縮約されて保持されているもろもろのチック・タック」を指すだろう。

「一般」は「未来」の言い換えだが、この未来は先取りされた(予期された)未来、つまりタックである。このタックは、過去(チック・タック)によって規定された未来である。とすれば、先取りは規定されているのだから、先取りされた未来をどうして「一般」と言い換えることができるのだろうか。しかしここでは、疑問を提示しておくだけにしておこう。

(ところで、ハードカバー版でも文庫版でも、「特殊」は「個別的」になっている。当時私は「特殊」という訳語を避けた。なぜなら教育の世界において「普通教育」という用語に対して「特殊教育」という用語使われていることから、「特殊」という言葉に「普通ではない」というやや軽蔑的な意味合いが潜在化してしまったように思えたからである。だが今では論理学用語である「特殊」を訳語として用いることにしている。)

さてわれわれは、第3段落に進むことができる。

『差異と反復』第二章、第二段落、注釈7 ラカン、シネマ

法政大学の雑誌『多摩論集』に掲載するため、ラカン「《盗まれた手紙》についてのセミナー」の第1段落から第18段落までの翻訳原稿を推敲していたので、しばらくブログの記事執筆から離れていた。翻訳は、インターネットで公開されているフランス語テクストに基づく。この雑誌は来年早々には発行されると思われる。発行され次第、この翻訳をブログで公表したいと思う。これには、以前法政大学経済学部の紀要に発表した第1段落から第5段落までの翻訳を大幅に修正したものを再録している。

もう15年以上、私が主宰するラカン読書会で「盗まれた~」のフランス語テクストを読んでいるが、何かようやくラカンのフランス語に慣れてきたような感覚がもてたので、「盗まれた~」全文の翻訳を完成するつもりである。注釈は、翻訳完成後につくるつもりだ。

『差異と反復』の改訳版の刊行と同時に、つまり3年後ぐらいに、「盗まれた~」の翻訳も何らかのかたちで刊行できればと思っている。訳文は、熟読可能なレベルに仕上がっていると思う。

ラカン読書会は熱心な参加者がいるので続いている。他方、やはり法政大学市谷校舎で『シネマ1』の読書会も開いている。ともに、朝日カルチャーセンターで開講していたころの受講生が、現在の読書会の参加者である。

『シネマ』読解のためには、ベルクソン哲学を或る程度理解していなければならないので、映画に関する知識だけではどうにもならないところがあるが、だからといってそれがぜんぜんなければ、やはり『シネマ1』読解の面白さは半減するだろう。

読書会参加者たちは様々な映画鑑賞経験と高度な映画知識をもっているので、私も助けられている。『シネマ1』に続いて『シネマ2』の読書会も、ずいぶん先になるが予定してはいる。

『シネマ1』で扱われている映画はほとんどYou tubeで見ることができる。また、まあまあ使えるパソコンが1キロを切るほど軽くなり、値段も外国製なら安い。そこで最近、法政での『シネマ1』の読書会とは別に、パソコンを持ち寄ってYou tubeで映画を見ながら、『シネマ1』を好き勝手に読解するという、ゆるい「シネマ・哲学カフェ」のようなものをやりたいと思うようになった。

このごろ吉祥寺に用事があって、その合間に喫茶店でパソコンを使って原稿を書いているせいかもしれない。

ブログのプロフィール欄で私のメール・アドレスを公開したので、「シネマ・哲学カフェ」その他について何かアイディアのある方はメールしていただけると幸いです。ただし、必ず返信するわけではないので、悪しからず。

間もなく、『差異と反復』第二章第二段落の精読に戻る。

『差異と反復』第二章、第二段落、注釈6 齟齬を排除してみる

ピックアップした時間規定をもう一度示し、齟齬をできる限り排除する方向で考察してみる。

けれども、ここで留意しておかなければならないのは、以下で抽象的に論じるような時間構造が『差異と反復』第二章の主要な内容なのではないということである。時間の第一の総合においてさえ、感覚、有機体、習慣、自我が問題になっており、第二章の後半は、時間の三つの総合にそくして精神分析の諸問題、たとえば無意識、死の本能(欲動ではない)が、論じられている。ドゥルーズの時間論を分析しても、そのような豊かな内容を捨象するならドゥルーズの思想を取り逃がすことになるだろう。しかし今は、しばらく、時間を抽象的に論じていこう。


⑴「こうした〈生命の原初的感性〉の水準において、生きられる現在が、すでに時間のなかで〔dans ダン〕或る過去と或る未来を構成しているのである。」

⑵「時間の総合は、時間のなかで〔dans ダン〕現在を構成する。だからといって、現在が時間のひとつの次元であるというわけではない。存在するのはひとり現在のみである。その総合は、時間を生ける現在として〔comme コム〕構成し、過去と未来をそうした現在の〔二つの〕次元として〔comme コム〕構成するのである。」

⑶「時間の第一の総合は、根源的であるが、それでもなお時間内部的である。この総合は時間を現在として〔comme コム〕構成する、ただし過ぎ去る現在として〔comme コム〕構成する。時間はその現在の外には出ないのであって、その現在はと言うなら、いくつもの跳躍によって絶えず動くのであり、それも少しずつ重なり合う跳躍によって動くのである。そのようなことが、現在というもののパラドックスなのである。要するに、時間を構成するのではあるが、この構成された時間のなかで〔dans ダン〕過ぎ去るということである。」

⑷「習慣の受動的総合〔=時間の第一の総合〕は、現在という条件のもとで、時間を諸瞬間の縮約として〔comme コム〕構成していた・・・。」

⑸「習慣の総合たる第一の総合は、・・・時間を、或る生ける現在として〔comme コム〕構成していた。」

⑹「記憶の総合たる第二の総合は、・・・時間を、或る純粋過去として〔comme コム〕構成していた。」

⑺「・・・所産がその条件に対して無条件的な性格をもっていることを、そして作品がその作者あるいは当事者=俳優に対して独立していることを、同時に或る未来が肯定するのだが、こうした未来を時間の第三の総合が構成するのである。」

⑻「・・・受動的な自我は、それ自体受動的な総合(観照‐縮約)によって、もっと深く構成される。」

考察と問題提起
さしあたり以上の訳文つまり日本語に即して考察を進める。前回の考察と多少重なるところがある。

⑵ から考察する。
⑵よれば、時間の総合は、「時間のなかで」、現在を構成する。
さらに、時間の総合は、時間を、生ける現在として構成する。
そればかりでなく時間の総合は、過去と未来を、生ける現在の次元として構成する。
→「時間の総合が時間のなかで現在を構成する」と「時間の総合が時間を生ける現在として構成する」は、同じ事態を指していると考える。
→すなわち、「時間のなかで構成された現在」と「生ける現在として構成された時間」は同じである。
→だから、時間とは、構成されたものである限りにおいて、生ける現在である。
→時間の第1の総合においては、時間=現在であり、過去と未来は、現在の次元として構成される。

⑴ に戻る。
⑴ によれば、生きられる現在(=生ける現在)が、「時間のなかで」或る過去と或る未来を構成する。
⑵ によれば、時間の総合が、過去と未来を、「生ける現在の次元として」構成する
→過去と未来は、「生きられる現在によって時間のなかで構成されるもの」であり、「時間の総合によって現在の次元として構成されるもの」である。
→したがって、「⑴生きられる現在(=生ける現在)が時間のなかで或る過去と或る未来を構成する」と「⑵時間の総合が、過去と未来を、生ける現在の次元として構成する」は、同じ事態を指していると考える。
→ところで、⑵によれば、時間=現在である。
→したがって、⑴の「時間のなかで」は⑵の「生ける現在の次元として」を意味し、要するに「時間=現在に属する」を意味すると考える。

以上の暫定的な要約 : 時間の第1の総合においては、「時間の総合」は「観照‐縮約」を意味し、この「時間の総合」によって、「時間」は「生ける現在」として構成される。つまり時間とは生ける現在であり、過去と未来は、この生ける現在に属する次元である。


さらに⑶によれば、時間の第一の総合は、時間を、現在として構成する【ここまでは⑵と同じである】。
ただし、この現在は、過ぎ去る現在である。
→現在として構成された時間は、過ぎ去る現在である。

問題は、⑶の最後の文章、すなわち「時間はその現在の外には出ないのであって、その現在はと言うなら、いくつもの跳躍によって絶えず動くのであり、・・・・そのようなことが、現在というもののパラドックスなのである。要するに、時間を構成するのではあるが、この構成された時間のなかで過ぎ去るということである。」をどう読むかにある。ここには「生ける現在」をめぐるサルトルとメルポンティの考え方の影が見えるが、今はこれには立ち入らないでおこう。また、フッサールについても言及しないでおこう。

さて、以上を私は、このように解する : 現在は時間を構成している、すなわち 現在は時間をなしている。しかもその現在は、観照‐縮約によって現在として構成された時間のなかで過ぎ去る。すなわち、現在は、現在としての時間のなかで過ぎ去る。

以上の暫定的な要約 :時間の第一の総合において、現在は、現在のなかで過ぎ去る、あるいは時間は時間のなかで過ぎ去る、それが現在というもののパラドックス、あるいは時間のパラドックスである。


ようやく、われわれは、第二章第二段落の精読に戻ることができる。
(続く)

『差異と反復』第二章、第二段落、注釈5 考察と問題提起

第二章前半部からピックアップした時間規定、すなわち前回記事の⑴~⑻を、もう一度記す。念のため原語を補足しておいたが、フランス語に堪能でない読者は、原語は飛ばして読んでいただいてかまわない。けれども、「なかで〔dans ダン〕」と「として〔comme コム〕」という語に十分留意して読もう。


⑴ 「こうした〈生命の原初的感性〉の水準において、生きられる現在が、すでに時間のなかで〔dans ダン〕或る過去と或る未来を構成しているのである。」

⑵ 「時間の総合は、時間のなかで〔dans ダン〕現在を構成する。だからといって、現在が時間のひとつの次元であるというわけではない。存在するのはひとり現在のみである。その総合は、時間を生ける現在として〔comme コム〕構成し、過去と未来をそうした現在の〔二つの〕次元として〔comme コム〕構成するのである。」

⑶ 「時間の第一の総合は、根源的であるが、それでもなお時間内部的である。この総合は時間を現在として〔comme コム〕構成する、ただし過ぎ去る現在として〔comme コム〕構成する。時間はその現在の外には出ないのであって、その現在はと言うなら、いくつもの跳躍によって絶えず動くのであり、それも少しずつ重なり合う跳躍によって動くのである。そのようなことが、現在というもののパラドックスなのである。要するに、時間を構成するのではあるが、この構成された時間のなかで〔dans ダン〕過ぎ去るということである。」

⑷ 「習慣の受動的総合〔=時間の第一の総合〕は、現在という条件のもとで、時間を諸瞬間の縮約として〔comme コム〕構成していた・・・。」

⑸ 「習慣の総合たる第一の総合は、・・・時間を、或る生ける現在として〔comme コム〕構成していた。」

⑹ 「記憶の総合たる第二の総合は、・・・時間を、或る純粋過去として〔comme コム〕構成していた。」

⑺「・・・所産がその条件に対して無条件的な性格をもっていることを、そして作品がその作者あるいは当事者=俳優に対して独立していることを、同時に或る未来が肯定するのだが、こうした未来を時間の第三の総合が構成するのである。」

⑻「・・・受動的な自我は、それ自体受動的な総合(観照‐縮約)によって、もっと深く構成される。」


考察と問題提起

第二章第二段落前半部、すなわち9月15日、22日、24日に精読した箇所③~⑭において、次のことがすでに確認されている。

時間の受動的総合つまり縮約が構成するのは、時間と生ける現在である
時間は、生ける現在のなかで広がる

→しかしこれだけでは、われわれには、時間と生ける現在が同じかあるいは異なるのか、そして時間が何を意味するのかは不明である。


ピックアップした時間規定の文章⑴~⑻においては、事態はさらに複雑になる。(番号は、ほぼテキストに現れる順番を示す)

それらの文章の言わんとしていることが齟齬をきたしているのか、あるいは私の読みが浅いのかを確かめていこう。

⑴では、生きられる現在(=生ける現在)が、「時間のなかで」過去と未来を構成する。
→とするなら、生きられる現在(=生ける現在)と、時間は、何か別のことと考えたくなる。

⑵では、時間の総合が、「時間のなかで」現在を構成する。
さらに、時間の総合は、時間を「生ける現在として」構成する。
しかも、過去と未来をそうした現在の〔二つの〕次元として構成する
→まず、構成を行うものは、⑴では生ける現在であり、⑵では時間の総合である。
→⑵からすれば、時間とは生ける現在である。

さて、⑴と⑵を齟齬させない読み方は可能だろうか。

まず翻訳上の問題がある。《 constituer コンスティテュエ 》というフランス語の動詞を、私は「構成する」と訳したのだが、「構成する」という日本語の動詞においては、主語と目的語が異なると考えうる。

たとえば⑴では、「現在が過去と未来を構成する」であり、現在は過去や未来とは異なる。

ところが、このフランス語は、「~をなしている、「~になる」とも訳すことができる。この場合、主語と目的語は同じものである。

たとえば⑵では、「時間の総合は、現在をなしている。」と訳すことができる。

私は、読者が「構成する」という日本語に「~をなしている」というニュアンスをとることができる場合もあると予想して、一貫して「構成する」という訳語を用いた。

次に、《 dans ダン》という前置詞が問題になる。私は《 dans ダン》を、ほとんどの場合、「なかで」あるいは「なかに」と訳した。しかし、このフランス語の前置詞は、「~という様態で」、「~という在り方で」と訳すこともできる。

たとえば、⑴は、「生きられる現在は、時間という在り方で過去と未来をなしている」と訳すこともできる。
⑵は、「時間の総合は、時間という在り方で現在をなしている」と訳すこともできる。

「構成する」と「~をなしている」を訳語として使い分けるのは、また。「なかで」と「~という在り方で」を使い分けるのは、読解者のその都度の判断にゆだねられる。われわれが本文に戻って一文ごとに読むときに、以上を思い起こして文章を解釈しよう

しかし、いましばらく退屈な議論を続けさせていただきたい。
(続く)

『差異と反復』第二章、第二段落、注釈4 考察と問題提起

時間の第一の総合

前回の精読箇所

「➂厳密に言うなら、縮約は時間の総合を成している。」

「⑥時間は、瞬間の反復を対象とする根源的総合〔=受動的総合としての時間の第一の総合〕のなかでしか構成されない。」

「⑦この根源的総合は、互いに独立した継起的な諸瞬間の一方を他方のなかで縮約してゆく。」

「⑧このようにして、根源的総合は、生きられる〔体験される〕現在を、つまり生ける現在を構成する。」

「⑨そして、時間は、まさにその現在のなかで広がる。」

「⑩過去も未来も、まさしく生ける現在に属している。」

「⑪すなわち、過去は、先行する諸瞬間がそうした縮約のなかで把持されているかぎりにおいて、生ける現在に属し、未来は、予期がその同じ縮約のなかでは先取りであるがゆえに、生ける現在に属している。」

「⑫過去と未来は、現在とされた瞬間から区別される〔二つの〕瞬間を意味しているのではなく、諸瞬間を縮約しているかぎりでの生ける現在の〔二つの〕次元を意味している。」

「⑬その生ける現在は、過去から未来へ行くために、自分の外に出る必要はない。」

「⑭したがって生ける現在は、その現在が時間のなかで構成する過去から未来へ行く・・・」


考察と問題提起

まず、➂からすれば、、また以下で示すピックアップした文章からすれば、縮約とは時間の総合のことであり、時間の総合とは縮約することである。

ただし、ドゥルーズの言う「総合」は、第一の総合では「縮約(contraction コントラクシオン)」を指すが、第二の総合ではベルクソンの言ういわゆる「収縮(contraction コントラクシオン)」を言う。(文庫版上227頁、ただし、この頁は改訳しなければならない。)

第二章で《contraction コントラクシオン》という語は多義的に使われており、私は基本的に「縮約」と訳したが、ベルクソン『物質と記憶』が問題になっているところでは、従来の「収縮」という訳語をとらなければならい場合がある。

「時間の総合 (synthèse du temps サンテーズ ドュ タン)」の「の(du ドュ)」は、何を意味するのだろうか。時間「を」総合することか、時間「に属する」総合か、時間「という」総合か。とにかく「時間」の意味を明確にすることが必要である。

(ところで、カント『純粋理性批判』での「総合」は、B201の原注では、合成あるいは統合を意味する。訳語は岩波版による。)

次に。⑥からすれば、時間は、「根源的総合」のなかで構成される。ということは、「根源的総合」は「時間の受動的総合」を指すから、時間は、「時間の受動的総合」つまり「縮約」のなかで構成されることになる。時間は縮約のなかで構成される何かである。

さらに、⑧からすれば、生ける現在も、根源的総合すなわち時間の受動的総合つまり縮約によって、構成される。(生ける現在というフッサールを思わせる概念については、もっと先で考察する。)

したがって、時間の受動的総合つまり縮約が構成するのは、時間と生ける現在である。

では、時間は生ける現在のことなのだろうか。

他方、⑨からすれば、時間は生ける現在のなかで広がる。

では、生ける現在のなかで広がる時間とは何を意味するのか。


以下に、第二章前半部から時間規定をピックアップする。(いずれ本文に戻って精読するので、文庫版の頁数は記さない。)

⑴「こうした〈生命の原初的感性〉の水準において、生きられる現在が、すでに時間のなかで或る過去と或る未来を構成しているのである。」

⑵「時間の総合は、時間のなかで現在を構成する。だからといって、現在が時間のひとつの次元であるというわけではない。存在するのはひとり現在のみである。その総合は、時間を生ける現在として構成し、過去と未来をそうした現在の二つの次元として構成するのである。」

⑶「時間の第一の総合は、根源的であるが、それでもなお時間内部的である。この総合は時間を現在として構成する、ただし過ぎ去る現在として構成する。時間はその現在の外には出ないのであって、その現在はと言うなら、いくつもの跳躍によって絶えず動く、それも少しずつ重なり合う跳躍によってである。そのようなことが、現在というもののパラドックスなのである。要するに、時間を構成するのではあるが、この構成された時間のなかで過ぎ去るということである。」

⑷「習慣の受動的総合〔=時間の第一の総合〕は、現在という条件のもとで、時間を諸瞬間の縮約として構成していた・・・。」

⑸「習慣の総合たる第一の総合は、・・・時間を、生ける現在として構成していた。」

⑹「記憶の総合たる第二の総合は、・・・時間を、純粋過去として構成していた。」

⑺「・・・所産がその条件に対して無条件的な性格をもっていることを、そして作品がその作者あるいは当事者=俳優に対して独立していることを、同時に或る未来が肯定するのだが、こうした未来を時間の第三の総合が構成するのである。」

⑻「・・・受動的な自我は、それ自体受動的な総合(観照‐縮約)によって、いっそう深く構成される。」

考察と問題提起(続く)

『差異と反復』第二章、第二段落、注釈3 齟齬のロジック 時間の総合の美学的意味

今後、前回の精読箇所(第二段落前半)の各文章を切り離し、さらに「時間の三つの総合」の諸段落(第二章前半部)から時間規定をピックアップして考察を進める。(なお、文庫版や旧ハードカバー版におけるピックアップした文章のページ数は示していない。また、引用文には絶えず細かい修正を加えている)

このようにして、各時間規定が齟齬しているのかどうかを見ていく。もし齟齬しているのなら、その齟齬を肯定するドゥルーズ的ロジックがあるかもしれないからだ。そうではないとすれば、われわれが齟齬と思うのはわれわれの読みが浅いからだろう。

しかし、ライプニッツがデカルトの「明晰‐判明」という認識論的規則に対抗して提唱した「明晰‐混雑」、「判明‐曖昧」という認識論的‐存在論的原理を、ドゥルーズは重要視している。これをドゥルーズはライプニッツ以上に深く解釈し、根本的な原理と考えている。明晰な観念はそれ自体からして混雑しており、判明な観念はそれ自体からして曖昧である、ということだ。

こうした「明晰‐混雑」、「判明‐曖昧」という原理が、『差異と反復』の原理でもあるとすれば、『差異と反復』のテキストから齟齬を解消するために「明晰‐判明」な理解を求める読みは、『差異と反復』が展開しているかもしれない生産的な「齟齬のロジック」を取り逃がすことになるだろう。

ところで、第二章における時間の第一の総合と第二の総合は「受動的総合」と呼ばれている。そして、第一の受動的総合(現在論)は経験的なレベルの時間の総合であり、第二の受動的総合(過去論)は先験的(超越論的)なレベルの時間の総合である。

しかし時間の第三の総合(未来論)は受動的総合ではない。ジョー・ヒューズは、三つの総合をすべて受動的総合とみなしているが、そうではない ( Joe Hughes《 Deleuze´s Difference and Repetition 》)。

『差異と反復』の「結論」から、時間の三つの総合の美学的意味に関する文章を引用しておこう。
「・・・美学的問題には、日常生活のなかへの芸術の組み込みという問題しか存在しない。われわれの日常生活が、消費物のますます加速された再生産に服従して、常同的なものにされ、規格化されているということが明らかになればなるほど、芸術は、・・・・この文明の現実的な本質をなしているもろもろの錯覚や欺瞞を美的に再生産しなければならない。どの芸術もそれぞれ、瓦状に重なり合った〔注:『悲しき熱帯』におけるレヴィ=ストロースの用語〕それなりの反復技法をそなえており、この技法の批判的かつ革命的な力能は、われわれを、陰気な〈習慣の反復〔=時間の第一の総合〕〉から深い〈記憶の反復〔=時間の第二の総合〕〉へと、さらには、われわれの自由が賭けられている最後の〈死の反復〔=時間の第三の総合〕〉へと導くために、最高の域に達することができる。われわれは、三つの例〔ベルクのオペラ『ヴォツェック』、ウォーホルのたとえば、キャンベルスープ缶やマリリン・モンローなどの「セリジェニックsérigénique(シリアル serial)」な作品のシリーズ、そしてビュトールの小説『心変わり』あるいはアラン・ロブ・グリエ脚本、アラン・レネ監督の映画『去年マリエンバートで』〕を、どれほど異なっていようとも、どれほど齟齬していようとも、ともかく指示するだけにしておこう。」

この文章が示唆しているように、時間の三つの総合は、芸術論、文明論、精神分析理論の性格をもっている。

ところで、『差異と反復』のアメリカ版の序文で、ドゥルーズはこう語っている。
「哲学は、科学からも芸術家からも独立してつくられることなどあるわけがない。」

たしかに、ヘルマン・ヴァイルを高く評価するドゥルーズの思索には、量子力学を思わせるイメージがある。ヘーゲルまでの近代哲学に対するドゥルーズ哲学の関係は、広い意味で、古典力学に対する量子力学の関係に似ているところがあると言えるだろう。(もちろん、これに対してはソーカルらの批判はある。)

ところが、『差異と反復』(原書)刊行からおよそ半世紀経過した現在、量子テレポーテーションの実験が成功するや、情報機器メーカーや光学機器メーカーがこれに注目し製品開発に乗り出している。そして、いずれ量子テレポーテーションは兵器に応用されるだろう。自然科学はどれほど発達しようとも、この文明つまり資本主義文明を超えることはできないということだ。「われわれの日常生活が消費物のますます加速された再生産に服従する」という資本主義文明の本質的事態に対して、自然科学は批判の役割を果たしえない。

だから私は、ドゥルーズ哲学を、現代科学との類縁性に着目して称揚するつもりはない。では、ドゥルーズが言う「この文明の現実的な本質をなしているもろもろの錯覚や欺瞞」とは何か。それは、ドゥルーズが、『差異と反復』を読むわれわれに課す問題だろう。私は逃げているわけではない。私はドゥルーズの代弁などするつもりはないし、そんなことはできるはずもない。

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前回の精読箇所から

「➂厳密に言うなら、縮約は時間の総合を成している。」

「⑥時間は、瞬間の反復を対象とする根源的総合〔=受動的総合〕のなかでしか構成されない。」

「⑦この根源的総合は、互いに独立した継起的な諸瞬間の一方を他方のなかで縮約してゆく。」

「⑧このようにして、根源的総合は、生きられる〔体験される〕現在を、つまり生ける現在を構成する。」

「⑨そして、時間は、まさにその現在のなかで広がる。」

「⑩過去も未来も、まさしく生ける現在に属している。」

「⑪すなわち、過去は、先行する諸瞬間がそうした縮約のなかで把持されているかぎりにおいて、生ける現在に属し、未来は、予期がその同じ縮約のなかでは先取りであるがゆえに、生ける現在に属している。」

「⑫過去と未来は、現在とされた瞬間から区別される〔二つの〕瞬間を意味しているのではなく、諸瞬間を縮約しているかぎりでの生ける現在の〔二つの〕次元を意味している。」

「⑬その生ける現在は、過去から未来へ行くために、自分の外に出る必要はない。」

「⑭したがって生ける現在は、その現在が時間のなかで構成する過去から未来へ行く・・・」


以上についての考察と問題提起。
(続く)


『差異と反復』第二章、第2段落、注釈2 ブログでの精読のスタイル

ブログ画面での精読を新たなスタイルで試みる。前回の精読部分すなわち第2段落の冒頭はほとんどそのままコピーして貼り付けておく(一部は変更する)。今回は、第2段落のおよそ半分を改訳し、文章一つひとつに番号をつけて考察する。

【文庫版198~200頁】
時間の第一の総合—――生ける現在

① そのような変化〔=反復を観照する精神のなかにその反復が導き入れる差異つまり変化〕は、どうなっているのだろうか。ヒュームの説明によれば、互いに独立した同一のあるいは似ている諸事例は、想像力のなかで融合する。想像力は、ここではひとつの縮約能力として、言わば〔古典的な写真機の〕感光版として定義される。想像力は、新たなものが現れてきても、以前のものを保持している。


② 想像力は、等質な諸事例、諸要素、諸振動、諸瞬間を縮約し、それらを融合して、或る種の重みをもった内的な質的印象をつくる。Aが現れると、すでに縮約されているすべてのABの質的印象に応じた力で、われわれはBを予期するのである。それは、断じて記憶ではなく、知性の働きでもない、つまり縮約は反省ではないということだ。
〔以上、前回の精読部分〕

〔以下、今回の精読部分〕
➂厳密に言うなら、縮約は時間の総合を成している。④瞬間の継起は時間をつくらない、それどころか、時間をこわしてしまう。⑤言い換えるなら、瞬間の継起は、時間が生まれようとしてはつねに流産してしまう点を示しているだけである。⑥時間は、瞬間の反復を対象とする根源的総合のなかでしか構成されない。⑦この根源的総合は、互いに独立した継起的な諸瞬間の一方を他方のなかで縮約してゆく。⑧このようにして、根源的総合は、生きられる〔体験される〕現在を、つまり生ける現在を構成する。⑨そして、時間が広がるのは、まさにその現在のなかにおいてである。⑩過去も未来も、まさしく生ける現在に属している。⑪すなわち、過去は、先行する諸瞬間がそうした縮約のなかで把持されているかぎりにおいて、生ける現在に属し、未来は、予期がその同じ縮約のなかでは先取りであるがゆえに、生ける現在に属している。⑫過去と未来は、現在とされた瞬間から区別される〔二つの〕瞬間を意味しているのではなく、諸瞬間を縮約しているかぎりでの生ける現在の〔二つの〕次元を意味している。⑭現在は、過去から未来へ行くために、自分の外に出る必要はない。⑮したがって生ける現在は、その現在が時間のなかで構成する過去から未来へ進む・・・【第2段落途中】

 【考察:私は前回の記事で次のように言った;『差異と反復』第二章における三つの「時間の総合」という名称にはハイデガーの『カントと形而上学の問題』からの影響が見られる。ハイデガーは、カント『純粋理性批判』第一版におけるいわゆる三段の総合、すなわち「直観における覚知の総合」、「構想力における再生の総合」、「概念における再認の総合」に、それぞれ現在性、過去性、未来性をあてがっている。

もちろん、三段の総合は時間にもとづいて成立することを、カント自身が注意している。

『カントと形而上学の問題』のドイツ語原書は、一九二九年に出版され、一九五三年に仏訳されている。ドゥルーズは『差異と反復』第四章でこの仏訳に言及し、かなりの量の文章を引用している(原注17参照)。けれども、『カントと形而上学の問題』におけるカントの三段の総合のハイデガー的解釈には触れていない。しかしドゥルーズはこのハイデガーの書を熟読しているはずだ。

では、『差異と反復』第二章の「三つの時間」の総合は、カントの「三段の総合」のハイデガー的解釈にもとづいて理解されるのだろうか。いや、そんなことはない。

また、ドゥルーズが、以上の点に関して、カントやハイデガーをどれほど正確に理解できているのかと問うのも無意味である。

まず、ドゥルーズの「時間の総合」で何が言われているのかを追究することから始めなければならない。

「時間の総合」とは、「時間を総合する」ということだろうか。では、ここで言われている「時間」とは何か、「総合」とは何か。

上の精読部分でさえ、話が込み入っている。時間は構成されるものであり、現在も構成されるものである。そして、現在のなかで時間は広がる。

われわれは慎重に考えていかなければならない。
(考察続く)

『差異と反復』第2章、第2段落、注釈1 精読は面白い

ここでもやはり、第2段落を細かく区切って精読し、問いを立てていく。やや詳しい注釈をつけ、多少の議論もするが、詳しくは、いずれ拙論「『差異と反復』の解析と再構成の試み1」の続編で論じる予定である。


【文庫版198頁~】
時間の第一の総合—――生ける現在

【注、ここから三つの「時間の総合」が論じられていくのだが、「時間の総合」という名称にはハイデガーの『カントと形而上学の問題』第32節以下からの影響が見られる。ハイデガーは、カントの構想力(想像力)に「現在・過去・未来」の時間的性格を見いだし、さらにカント『純粋理性批判』第一版におけるいわゆる三段の総合、すなわち「直観における覚知の総合」、「構想力における再生の総合」、「概念における再認の総合」に、それぞれ現在性、過去性、未来性をあてがっている。カントの三つの「総合」が「時間の総合」と呼ばれることがあるのは、おそらくこのようなハイデガーの解釈の影響によってであろう。
また、後ほど指摘するが、ドゥルーズの「受動的総合」という名称は、フッサールの『デカルト的省察』第38節「能動的発生と受動的発生」における「受動的総合」という名称を借用したものと推測できる。さらにまた、後で指摘するが、ドゥルーズは、ベルクソンの『思想と動くもの』やフッサールの『内的時間意識の現象学』に出てくる語を使っている。断定的な物言いになるが、ドゥルーズは、ハイデガーやフッサールより、ベルクソンをはるかに深く読み込んでいると言えよう。これについても、他の機会に論じるほかはない。】

① そのような変化は、どうなっているのだろうか。ヒュームの説明によれば、互いに独立した同一のあるいは似ている諸事例は、想像力のなかで融合する。想像力は、ここではひとつの縮約能力として、言わば〔古典的な写真機の〕感光版として定義される。想像力は、新たなものが現れてきても、以前のものを保持している。

【注、「縮約 contraction コントラクシオン」について。ドゥルーズはすでに、『ベルクソンにおける差異の概念』のなかで、ベルクソンにおける有名な物質と持続のそれぞれの定義をとりあげている。すなわち、前者は「弛緩 relâchement ルラ-シュマン」、後者は「縮約contraction コントラクシオン」である。「contraction コントラクシオン」は、ベルクソンにおいては、「収縮」と訳されることが多い。だが、このベルクソンの諸定義は、それほどわかりやすいものではない。『物質と記憶』の該当する文章をすべて精読する必要がある。しかし、ベルクソン精読は他の機会に譲ろう。それはともかく、『差異と反復』における「contraction コントラクシオン」という語の二つの意味については、『差異と反復』文庫版上207頁を参照していただきたい。この箇所にもとづいて、「contraction コントラクシオン」を「縮約」と訳した。】

② 想像力は、等質の諸事例を、諸要素を、諸振動を、諸瞬間を縮約し、それらを融合して、或る種の重みをもった内的な質的印象をつくる。Aが現れると、すでに縮約されているすべてのABの質的印象に応じた力で、われわれはBを予期するのである。それは、とりわけ記憶ではなく、知性の働きでもない。つまり縮約は反省ではないということだ。

【注、ここから第3段落にかけて、フッサールの『内的時間意識の現象学』の時間論と、ベルクソンの『思想と動くもの』所収「形而上学入門」の時間論を思わせる議論が繰り広げられる。ドゥルーズがフッサールやベルクソンに言わば乗って論じているのは、確かだ。問題は、ドゥルーズの時間論の独自性がどこにあるかだ。これについても、注釈から独立したかたちで論じなければならない。ともかく、精読を進めよう。】
(続く)

『差異と反復』第2章、第1段落、注釈11、ドゥルーズを精読してドゥルーズを理解する。

第2章、第1段落の精読

精読が容易になるように、第1段落を七つに区切る。強調するためにアンダーバーを付加する。〈 〉によって修飾関係を明確化る。訳者の判断で〔 〕を用いて原文を補足する。

① 反復は、反復する対象のなかでは何も変化させないが、その反復を観照する精神のなかで何かを変化させる。

② ヒュームのこの有名な主張は、われわれを問題の核心につれてゆく。反復は、〔事例や要素の〕それぞれの現前は完全に独立しているということを権利上〔論理上〕折り込んでいるのだから、どうして反復は、反復する事例や要素のなかで何かを変化させることがあろうか。


③ 反復における不連続性と瞬間性の規則は、〈一方が消えてしまわなければ、他方は現れない〉と定式化される。〈瞬間的精神としての物質〉の状態がそうである。しかし、反復はできあがるそばから壊れてゆくものである以上、どうしてひとは、「二番目」、「三番目」、そして「それは同じだ」と言うことができようか。それ〔=反復〕は即自を有していないのだ。

そのかわり、反復は、その反復を観照する精神のなかで何かを変化させるのである。そうしたことが、変容〔=抜き取られた差異・・・文庫版上p219〕の本質である。


⑤ ヒュームは、たとえして、〈AB、AB、AB、A・・・・・〔チック・タック、チック・タック、チック・タック、チック・・・・・〕〉というタイプの、事例の反復をとりあげている。それぞれの事例つまりそれぞれの客観的なシークエンス〈AB〉は、他の事例つまり他のシークエンスから独立している。反復は、(しかしまさしく、ひとはまだ反復を語ることはできないのだが)、対象のなかでは、すなわち〈AB〉という〈物の状態〉のなかでは、何も変化させない。

そのかわり、或る変化が、観照する精神のなかで生じる。すなわち、或る差異が、つまり何か新しいものが、精神のなかで生じるのである。


⑦ Aが現れると、いまや私は、Bの出現を予期する。それ〔=予期〕こそが、それ〔=反復〕の構成 のなかに必然的に入らざるをえない或る根源的な主観性としての反復の対自〔反復という対自〕であるのだろうか。反復のパラドックスとは、以下のようなことではないだろうか。すなわち、反復を観照する精神のなかにその反復が導き入れる差異つまり変化による以外には、すなわち、精神が反復から抜き取るひとつの差異による以外には、ひとは反復を語ることができないということ。


今回のブログ記事に「ドゥルーズを精読してドゥルーズを理解する」というタイトルを付けたのだが、『差異と反復』に関するかぎり、「理解する」とは「これはどういうことなのかと自問しながら、テキストを読み返す」ということだ。だから、一つの段落を七つに区切ったり強調記号を付加したりしたのは、私自身が理解するつまり自問するためでもある。

では自問して答えは得られるのだろうか。答えは読者に委ねられていると、私は言いたい。私にできることは、読者が精読できる訳文をつくること、注釈というかたちでお節介を焼くことである。だが、どこまで注釈すればよいのか、という問題は残る。

まず、私自身、『差異と反復』を全文にわたって完全に理解しているわけではないということがある。したがって、完璧な注釈は私には不可能である。

つぎに、たとえばこの第2章第1段落の読解においても、ヒューム、ライプニッツ、ヘーゲル、ベルクソンに関する或る程度の知識が前提されている。そこで私が、この哲学者たちについて入門的な解説を注釈のなかで行えばそれは冗長になってしまうだろうし、改訳が遅れてしまう。

さらに、たとえば上記の訳文の後ろから2行目に「(反復から差異を)抜き取る」とあるが、反復から差異を抜き取るとはどのような事態なのか、ここでは説明がない。原語は《 soutirer スティレ》である。《 soutirer スティレ》を何と訳すべきか、私はかなり迷ったのだが、ドゥルーズは、第2章はもとより、序論、結論で、折に触れて《 soutirer スティレ》という語を使っている。それらをすべて読み合わせて、私は「抜き取る」と訳した。「反復から差異を抜き取る」ということが論じられている箇所はそれほど多くないので、その都度、「反復から差異を抜き取る」という事態に言及しよう。

だが、「精神」についてはどうか。この語は、『差異と反復』全体で、しかも様々な文脈のなかでおよそ50箇所出てくる。文脈ごとそのすべてを列挙すれば、小さな本ができるほどだ。

たとえば、序論で、「精神と自然の関係」という西洋哲学の古くからの大問題が扱われており、そこで「概念の阻止」という現象が論じられている。この議論は、伝統的な論理学の概念論や、フロイトの無意識概念が前提されている。しかし、論理学やフロイトに馴染んでいない読者のための説明は、注釈の域を越えてしまう。

したがって、『差異と反復』が前提している従来の哲学理論については(たとえば、ヘーゲルにおける疎外された精神の概念や対自概念については)、つまり『差異と反復』の理解に資する従来の哲学理論については、さらに従来の哲学理論と『差異と反復』との関係については、このブログとは関係のない雑誌等で論じることにして、その後、それをかみ砕いたかたちでこのブログに再録しようと思う。

以上で『差異と反復』第2章のイントロである第1段落の注釈を終えることにして、次回から、第2段落の改訳と注釈に移ろう。「時間の総合」と名付けられた、カントとフッサールとハイデガーから影響を受けているドゥルーズの論述群を解析したい。

『差異と反復』第2章、第1段落、注釈10、ジョージ・フリードマン『ザ・カミング・ウォー・ウィズ・ジャパン』

「反復の対自」を「反復という対自」と訳し変えるべきかどうか考えているうちに、記事執筆がストップしてしまい申し訳ない。原文を何度も読み返しているうちに、ハードカバー版旧訳はもとより、文庫版修正訳も、『差異と反復』の日本語訳の文章が持たざるを得ない或る不十分さに気が付いた。そこで「反復の対自」の問題はいったん脇に置き、今日は少し回り道をして『差異と反復』に戻ろう。

以前(2015年に安倍首相がアメリカ議会で演説することになったころ)、アメリカの政治的指導層の対日観を知りたいと思い、またその参考になるのではないかと考えて、ジョージ・フリードマン/メレディス・ルバードの『ザ・カミング・ウォー・ウィズ・ジャパン「第二次太平洋戦争」は不可避だ』(翻訳、原書ともに1991年)という突飛な題名の本を読んだ。ジョージ・フリードマンがアメリカのシンクタンクStratfor の創立者であることは言うまでもない。

本書は、80年代末における日本企業によるロックフェラー・センターの買収に象徴されるような、アメリカに対する当時の日本経済の強い影響と、その後日本が陥った経済危機という状況のなかで書かれた本である。

たしかに、著者たちの言うように、本書の論議は結論ほど荒唐無稽ではない。(少なくとも、最近辞任した防衛大臣の言動ほど、狂信的でも無責任でもない。)過去の日米戦争、戦後のアメリカの日本占領、その後の日本経済の復興などについての地政学的分析は新味はないが冷静である。

そして、第4章における著者たちの判断、すなわち、アメリカはもう気前の良い勝利者ではない、このようなアメリカに日本はもう甘えられない、にもかかわらず甘えられると思って日本がおのれの利益を追求するなら日米間の対立は高まらざるをえないという判断は、なるほど単純ではあるが、これもひとつのアメリカ的な考え方であることに変わりはない。もちろん著者たちは戦争を煽り立てているわけではない。

けれども、著者たちの一見緻密な資料分析は、国家間の経済的緊張の高まりは必ず戦争を引き起こすという前提のもとになされており、議論は結局のところ、新たな日米戦争の勃発というあらかじめ設定された結論に収斂していく。

どれほど荒唐無稽であろうと、私のような日本人がこの結論とそれを補強する議論から読み取れるのは、、現在の日米軍事同盟の目的が、シーンレーンの確保や、西太平洋のアメリカ支配への日本による手助けや、アメリカによる日本の防衛ということだけではない。日本の急速な軍事力の向上をアメリカは野放しにしないというのも、日米軍事同盟のアメリカ側のひとつの目的だろう。

風雲急を告げる東アジアの情勢は、日米の軋轢を隠しているが、ともかくこの情勢をリアルタイムで知るには、日本のメディアの貧弱で遅い情報よりも、まずアメリカのしかるべきメディアやしかるべきシンクタンクの報告を読まなければならないというのは残念なことだ。

ところで、経済人トランプの2016年の大統領選挙活動中の日本に関する発言が本書のいくつかの主張とよく似ているのには驚いた。

本書では、たとえば「・・・この(貿易均衡の)要求を出さないことには、アメリカは日本の成長政策によって永久に利用されるだけなのである。だからこそアメリカはこれを要求しなくてはならず、日本はそれに抵抗しなくてはならないのだ」(426頁)、「・・・実際、デトロイトの効率を上げるより、日本車の輸出を規制し、アメリカ車の輸入を増やすことを日本に強制するほうが易しいのだ。」(436頁)と主張されている。

トランプは、19991年刊行のこの本から影響されているのではないかと思えるほどである。いやむしろ、アメリカの経済人たちは、25年前から現在に至るまで変わることなくそのように考えてきたのではないだろうか

話を戻そう。地政学的研究の本書とドゥルーズの哲学書『差異と反復』には、どのような関係があるのか。何の関係もない。関係は、本書の訳し方と、『差異と反復』の私の訳し方にある。

フリードマンらの『ザ・カミング・ウォー・ウィズ・ジャパン(来るべき日本との戦争)』の「まえがき Preface」の第1段落は、「想像せよ Imagine」から始まる。その後、imagineという動詞が5回繰り返される。しかも、「想像力 imagination」という名詞が末尾に置かれてこの段落が締めくくられる。

欧米の文章をそのまま日本文に移し変えるのは不可能だとは、よく言われることだ。けれども、原文のニュアンスをできるだけ汲み取ってやろうとする努力はできるはずだし、そうするのは翻訳者の務めである。訳文を精読しようとする読者は依然として存在するのだから。

だが、本書の訳者は、imagineという動詞に、「想像する」という訳語を一貫して採用せず、なぜか途中で「予想する」という訳語を使っている。これでは、原文が言わんとすることが損なわれてしまう。

本書によれば、その学問的な研究方法(methodology)は「想像力 imagination」である。著者たちは、20年後の世界を「思い描く envision」ために、この上なく不正確な「想像力」を用いる。したがって、誤る危険性は高い。しかし、20年後の世界が現在とほとんど同じようだと予測する者は、著者たちよりもはるかに間違う危険が大きいと、著者たちは言う。(10頁)

こうして、本書は、imagineという動詞を反復している。

さて、問題は、『差異と反復』の私の翻訳にある。私は、自然な日本語の訳文を作ろうと心がけたあまり、原文における語句の反復を見逃していたし、それに気づいたときでも、その反復を訳文に反映させることができなかった。

これは、たんなる翻訳上のテクニックの問題ではなく、訳文から原文のニュアンスを読み取ることは可能かという問題である。

具体的に説明しよう。『差異と反復』第2章第1段落で、《dans l’esprit ダン レスプリ》という語句が5回反復されている。そして、第2段落では2回反復されている。しかも第1段落でも、第2段落でも、イタリック体で強調されている《dans ダン(なかで) 》がある。

《dans l’esprit ダン レスプリ》は、「精神のなかで」と訳すことができる。けれども、「精神 (esprit エスプリ)」という語がそもそも何を意味するのかについては説明がない。したがって、読者は、ここまで読んでも、自分の手持ちのイメージや理解で、「精神」を分かったつもりになるほかはない。

ところが、第3段落の末尾に原注が付いていて、そこで(原書では同じページの下部で)、《dans l’esprit ダン レスプリ》が、ベルクソンに由来する、あるいは深く関係する表現であることが示唆されている。

私は、《dans l’esprit ダン レスプリ》を、一貫して「精神のなかで」と訳すことをしなかった。そのため、ハードカバー版旧訳でも、文庫版修正訳でも、ドゥルーズが強調しているこの表現を読者が読み取ることは難しくなっている。

では、一貫して「精神のなかで」と訳すなら、この表現は際立つだろうか。日本語訳の文章は縦書きで、しかも、日本語だから漢字も仮名もくっついている。欧米語のように、単語が離されていない。よほど精読しなければ、一目で、「精神のなかで」がしつこく強調されていることを見て取ることができないだろう。

その上、この表現がベルクソン哲学に由来するとなると、ベルクソン哲学に通暁している読者でなければ、ドゥルーズが言わんとしているところを十分に押さえることは難しいだろう。

さて、どうするか・・・。とにかく、「精読」に値する訳文を作らなければならない。
(続く)

『差異と反復』第二章 第一段落 注釈10

気持ちとしては一、二週間に一度はブログを書くつもりなのだが、起承転結のあるまとまったものを書こうとするので、それが実現できないでいるのだろう。だから、多少断片的なメモのようなかたちになっても、とにかく書いていこう。注釈が、かなり細部にこだわるようになってきたので、読みにくく感じている読者もいるだろうが、この調子で続けていきたい。

注釈と改訳との作業を同時に進めており、しかも2年前に大病をしたので、疲れやすくなっている。というわけで、ブログ執筆がさらにスローモーになってしまったが、いずれ、もっと整理して読みやすい論文に仕上げるつもりではいる。

他方、改訳の必要な箇所が予想以上に多くあることがわかった。これについても書いていこう。

さて、ドゥルーズの言う「対自(プルソワ pour-soi)」とは何か。『差異と反復』第4章原注14で、ドゥルーズは、ヘーゲル『精神現象学』における即自と対自の関係を参照せよと指示している。これからもわかるように、ドゥルーズの「対自」は、ヘーゲルのそれを踏まえた概念である。

しかし『差異と反復』の「はじめに」で言われているように、「一般化した反ヘーゲル主義」という時代の雰囲気のなかで哲学するドゥルーズであってみれば、ヘーゲルの考えをそのまま踏襲しているはずはないだろう。

ドゥルーズは、ヘーゲル『精神現象学』における即自と対自の関係を参照するために『精神現象学』のどの箇所を読めばいいのかは明示していないが、周知のように(とはいっても、もはや周知のことではなくなったが)その「序論」ですでに即自と対自の関係が論じられている。

長くなり面倒なので引用はしないが、例えば中央公論社『世界の名著 ヘーゲル』「精神現象学序論」の104頁を読んでいただきたい。ここは、『精神現象学』に対立する『差異と反復』の立場をわれわれによくわからせてくれる箇所だ。(これについても論じるべきなのだが、寄り道していると注釈が先に進めなくなってしまうので、それについてはいつか書くことにしよう。)

だから、ドゥルーズにおける「反復の対自」の「対自」を、ヘーゲルのそれに還元するのではなく、『差異と反復』そのもの記述から考えてみよう。

「対自」という語は、『差異と反復』の序論、第1章、第2章に、数え方にもよるが8か所出てくる。しかも「対自」の概念が漸進的に掘り下げられて論じられるのではなく、一見バラバラに言及されている。

そこでまず、『差異と反復』(文庫版)の53頁を見てみよう。
(続く)

『差異と反復』第二章 第一段落 注釈9

『差異と反復』第二章全体のイントロをなす第1段落を四つのセクションに分ける。(絶えず以前の訳文を推敲しているので、以下の訳文はその推敲の結果である。)

① 反復は、反復する対象のなかでは何も変化させないが、その反復を観照する精神のなかで何かを変化させる。

② ヒュームのこの有名な主張は、われわれを問題の核心につれてゆく。反復は、〔事例や要素の〕それぞれの現前は完全に独立しているということを権利上〔論理上〕折り込んでいるのだから、どうして反復は、反復する事例や要素のなかで何かを変化させることがあろうか。反復における不連続性と瞬間性の規則は、〈一方が消えてしまわなければ、他方は現れない〉と定式化される。〈瞬間的精神としての物質〉の状態がそうである。しかし、反復はできあがるそばから壊れてゆくものである以上、どうしてひとは、「二番目」、「三番目」、そして「それは同じだ」と言うことができようか。それ〔反復〕は即自を有していないのだ。そのかわり、反復は、その反復を観照する精神のなかで何かを変化させるのである。そうしたことが、変容〔抜き取られた差異・・・文庫上p219より〕の本質である。

③ ヒュームは、たとえして、〈AB、AB、AB、A・・・・・〉というタイプの、事例の反復をとりあげている。それぞれの事例つまりそれぞれの客観的なシークエンス〈AB〉は、他の事例からつまり他のシークエンスから独立している。反復は、(しかしまさしく、ひとはまだ反復を語ることはできないのだが)、対象のなかでは、すなわち〈AB〉という〈物の状態〉のなかでは、何も変化させない。そのかわり、或る変化が、観照する精神のなかに生じる。すなわち、或る差異が、つまり何か新しいものが、精神のなかに生じるのである。

④ Aが現れると、いまや私は、Bの出現を予期する。それ〔?〕こそが、それ〔反復〕の構成 に必然的に入らざるをえない〔関与せざるをえない〕或る根源的な主観性としての〈反復の対自〉なのであろうか。反復のパラドックスとは、以下のようなことではないだろうか。すなわち、反復を観照する精神のなかにその反復が導き入れる差異つまり変化による以外には、すなわち、精神が反復から抜き取るひとつの差異による以外には、ひとは反復を語ることができないということ。

セクション①は、もちろん、この第一段落全体のイントロである。

セクション①の冒頭の文章「反復は、・・・その反復を観照する精神のなかで何かを変化させる」は、セクション②で、「そのかわり、反復は、その反復を観照する精神のなかで何かを変化させる」と反復される。

そのセクション②の文章「そのかわり、反復は、その反復を観照する精神のなかで何かを変化させる」は、セクション③で「そのかわり、或る変化が、観照する精神のなかに生じる。すなわち、或る差異が、つまり何か新しいものが、精神のなかに生じるのである。」と反復される。

観照する精神のなかに生じる「変化」とは、「差異」、「何か新しいもの」と言い換えられている。

そのセクション③の文章「そのかわり、或る変化が、観照する精神のなかに生じる」は、セクション④で引き継がれる。「・・・反復を観照する精神のなかにその反復が導き入れる差異つまり変化」。すなわち「反復はその反復を観照する精神のなかに差異つまり変化を導き入れる」ということである。

要するに、「何かを変化させる」とは、「変化が生じる」ということであり、「差異つまり変化を導き入れる」ということである。

では「生じる変化、差異、何か新しいもの」とは何か。セクション③の末尾からセクション④の冒頭を続けて読もう。

「そのかわり、或る変化が、観照する精神のなかに生じる。すなわち、或る差異が、つまり何か新しいものが、精神のなかに生じるのである。Aが現れると、いまや私は、Bの出現を予期する。」

持続する精神がこれまで〈AB、AB、AB、〉を観照していた。そしてAが現れると、いまや「私」は、Bの出現を予期する。すなわち〈AB、AB、AB、A〉の観照の直後に「私」なるものが〈B〉の出現を予期するのである。

以上の文脈からすれば、「観照する精神のなかに生じる変化、差異、何か新しいもの」は、「私はBの出現を予期する」あるいは「私は予期する」を指すと読める。

反復を観照する精神のなかに生じる差異(何か新しいもの)は、「私は(Bの出現を)予期する」である。

もう一度ドゥルーズの文章を読もう。

「そのかわり、或る変化が、観照する精神のなかに生じる。すなわち、或る差異が、つまり何か新しいものが、精神のなかに生じるのである。Aが現れると、いまや私は、Bの出現を予期する。それ〔原語は何でも受けられる代名詞 ce ス〕こそが、それ〔反復〕の構成 に必然的に入らざるをえない〔関与せざるをえない〕或る根源的な主観性としての〈反復の対自〉なのであろうか。」

では、「それ〔原語は何でも受けられる代名詞 ce ス〕は、何を受けているのだろうか。やはり以上の文脈からすれば、「それ」は、「私は(Bの出現を)予期する」という主観性である。「私は(Bの出現を)予期する」という主観性は、差異(何か新しいもの)である。

さらに、「私は(Bの出現を)予期する」という主観性は、「反復の対自」であるとされる。

では「反復の対自」とは何を意味するのか。そもそも、ドゥルーズの言う「対自 pour-soi プール・ソワ」とは何を意味するのか。これについては、『差異と反復』の序論「反復と差異」で論じられている。
(続く)

『差異と反復』第二章 第一段落 注釈8

第二章第一段落の解析と問題提起2

「反復は、反復する対象のなかでは何も変化させないが、その反復を観照する精神にのなかでは何かを変化させる」というヒュームの主張は、すでにドゥルーズ『経験論と主体性』(河出書房新社版)のp92で言及されている。ヒュームそのものでは『人性論(一)』(岩波文庫)のp212や、p255前後の叙述の内容にほぼ合致する。

ほぼ合致するのであって、ヒューム自身の論旨に忠実に沿って取り上げられているのではない。むしろ、このヒュームの主張なるものは、ドゥルーズ自身の議論の進行のなかでは、ベルクソンの『時間と自由(意識の直接的所与についての試論)』や『意識と生命』、そしてフッサールの『内的時間意識の現象学』に流れ込んでいく。

しかし、この問題について論じるのは、ブログの記事の限界を超えてしまうし、『差異と反復』改訳のための時間を奪ってしまうので、別の機会を得て論じるほかはない。

ちなみに、「観照する」の原語は、「コンタンプレ contempler」という仏語であるが、ヒューム自身の英語では「contemplate」に相当するだろう。これは、『人性論(一)』では「熟視」と訳されている。とりわけp260を参照されたい。ヒュームでは「観察する observe」と同義で使われることが多い。

けれども私は、ドゥルーズの「コンタンプレ contempler」に、受動的な視の意味を含ませようとして「観照する」と訳した。

さて、この第一段落には、「われわれ」、「ひと」、「私」という人称代名詞が使われている。

「ヒュームのこの有名な主張は、われわれを問題の核心につれてゆく」

「反復はできあがるそばから壊れてゆくものである以上、どうしてひとは、「二番目」、「三番目」、そして「それは同じだ」と言うことができようか」

ひとはまだ反復を語ることはできない」

「Aが現れると、いまやは、Bの出現を予期する」

ここでは、「われわれ」はドゥルーズ自身と読者を指しているだろう。

「ひと」の原語は「オン on」である。この「オン on」は、文法からすれば、「われわれ」とも、「君たち」とも、「人々」とも訳せるし、文章全体を受動態にして訳して、能動態の主語を明示しないこともできる。

だが私(財津)は、「オン on」を「ひと」と訳した。この「ひと」が誰なのかを考えよう。そして、なぜ「私」が登場するのかをも。


『差異と反復』第二章 第一段落 注釈7

最近、初めてスマホでこのブログの画面を見たところ、パソコン(windows)で作った画面がそのまま再現されず、やや崩れていることがわかった。

訳文の各行に番号を付し、注釈の際どの文章を問題にしているのかをすぐに見て取れるようにするつもりだったのだが、スマホの画面ではその番号付けがほとんど無意味になってしまっている。

他方、一応3年後を目指して『差異と反復』全体の改訳をすすめているのだが、版権の問題があり、またその他に思うところもあって、今後はこのブログで改訳の訳文は公表しないことにした。もちろん、抜けや訳語・訳文の不適切な箇所はそのつど指摘する。

ただし、何度も言うが、第二章の第一段落は第二章全体の序論に相当すると思われるので、ここだけは公表しておいたほうがよいだろう。そう思って、あらためて第一段落を原文と訳文で精読してみたら、やはり不満足なところが出てきたので、再度手を入れた訳文を発表することにする。

今後、文庫版あるいはオンライン版の『差異と反復』を参照できるようにしていただくと、第2段落からの注釈において訳文のどの箇所を問題にしているのかがわかりやすくなるだろう。


第二章第一段落改訳【文庫上p197~198】

【原書p96】

反復〔注1〕 : 何かが変化させられる

反復は、反復する対象のなかでは何も変化させないが、その反復を観照する精神にのなかでは何かを変化させる〔注2〕。ヒュームのこの有名な主張は、われわれを問題の核心につれてゆく。反復は、〔事例や要素の〕それぞれの現前は完全に独立しているということを権利上〔論理上〕折り込んでいるのだから、どうして反復は、反復する事例や要素のなかで何かを変化させることがあろうか。反復における不連続性と瞬間性という決まりごとは、〈一方が消えてしまわなければ、他方は現れない〉と定式化される。〈瞬間的精神としての物質〉の状態がそうである。しかし、反復はできあがるそばから壊れてゆくものである以上、どうしてひとは、「二番目」、「三番目」、そして「それは同じだ」と言うことができようか。それ〔反復〕は即自を有していないのだ。そのかわり、反復は、その反復を観照する精神のなかで何かを変化させるのである。そうしたことが、変容〔注3〕の本質である。ヒュームは、たとえして、〈AB、AB、AB、A・・・・・〉というタイプの、事例の反復をとりあげている。それぞれの事例つまりそれぞれの客観的なシークエンス〈AB〉は、他の事例からつまり他のシークエンスから独立している。反復は、(しかしまさしく、ひとはまだ反復を語ることはできないのだが)、対象のなかでは、すなわち〈AB〉という〈物の状態〉のなかでは、何も変化させない。そのかわり、ひとつの変化が、観照する精神のなかに生じる。すなわち、ひとつの差異が、つまり何か新しいものが、精神のなかに生じるのである。Aが現れると、いまや私は、Bの出現を予期する。これこそが、それ〔反復〕の構成 に必然的に入らざるをえない〔関与せざるをえない〕或る根源的な主観性としての、反復の対自なのであろうか。反復のパラドックスとは、以下のようなことではないだろうか。すなわち、反復を観照する精神のなかにその反復が導き入れる差異つまり変化による以外には、すなわち、精神が反復から抜き取るひとつの差異による以外には、ひとは反復を語ることができないということ。

〔注1〕「反復する」という訳語は、おもに自動詞として使う
〔注2〕訳文の修飾関係があいまいにならない限りで直訳を心がけるが、文脈から以下のように意訳してもよいだろう:反復する対象のなかでは、反復によって何の変化も生じないが、その反復を観照する精神のなかでは、反復によって何らかの変化が生じる。
〔注3〕変容の原語は、modification〔モディフィカシオン〕。文庫版上p219および訳注(9)参照。


第二章第一段落の解析と問題提起

まず、「反復する対象」と「反復を観照する精神」が区別される。

反復する対象とは、「反復する事例」と「反復する要素」である。

「反復する事例」とは、〈AB,AB,AB,A...〉という「開いた型の反復」における〈AB〉というシークエンスである。具体例では、〈チック・タック、チック・タック、チック・タック、チック...〉における〈チック・タック〉である。〈AB〉つまり〈チック・タック〉は、「物の状態」である。

このような物質的反復には、「一方が消えてしまわなければ、他方は現れない」という不連続性と瞬間性がある。これは、「物質の状態」である。

ちなみに、「反復する要素」とは、たとえば〈A、A、A、A〉あるいは〈チック、チック、チック、チック〉という「閉じた型の反復」における〈A〉つまり〈チック〉である。

したがって、「反復する対象」と「反復を観照する精神」の区別は、「物質界」と「精神界」の区別だと言ってよいだろう。「物質界」と「精神界」が区別されているのだ。だが、ここでは物質も或る種の精神である。

物の状態、物質の状態は、現代物理学における物理現象を意味しているわけではない。ここで言われている物、物質は、ライプニッツにおける瞬間的精神とされていることからわかるように、形而上学的な意味での物質である。というより、むしろ、ベルクソンが問題にしているライプニッツの瞬間的精神であろう。

「・・・すべての物体は瞬間的精神又は想起を欠く精神であり、・・・従って物体は記憶を欠く。・・・」ライプニッツ『抽象的運動論』、『人類の知的遺産38、ライプニッツ』p274

「ライプニッツが物質とは「瞬間的精神」であると言ったときには、かれが欲した否かにかかわらず、物質は無感覚だということを宣言しているのではないでしょうか。そこで、意識〔精神〕は記憶であります。」ベルクソン『意識と生命』、『ベルクソン全集5、精神のエネルギー』p16

【続く】
追伸:斜体にすべき文字が斜体にならない。いつか修正する。

『差異と反復』第二章 第一段落 注釈6 「『差異と反復』の解析と再構成の試み」

4月からの担当授業は大学院での1コマだけになり、来年は定年を迎える。非常勤講師になって以来、初めて執筆に専念できる身の上になる。そう思うと、やりたい様々なことが頭のなかで渦を巻き、長期間ブログの執筆を中断してしまった。

改めてドゥルーズ哲学への取り組み方を考えていたが、同時に、ドゥルーズ哲学にこだわらずに、「精神、身体、生 そして死」について自分自身の考えを反芻していた。反芻といってもウツ状態になっていたわけではない。

最近ラカンの『《盗まれた手紙》についてのセミナー』の新たな訳が発表されたが、我々には我々なりの解釈があるので、我々の訳と注釈(全体の3分の1程度)は、今年の冬か来年の春に、法政大学の公式の雑誌に公表したいと思う。その上で、我々の訳と注釈をこのブログでさらに詳しく検討するつもりでいる。

戦前の「国民道徳要領」の分析も中断している。最近教育現場に強制されようとしている浅薄な道徳教育からすれば、すなわち戦前の道徳教育の問題点を学んでいない道徳教育からすれば、この「国民道徳要領」の批判的吟味はますます緊急かつ重要になっている。

だが、『差異と反復』全体をおよそ三年かけて改訳すると一応出版社に約束したので、これを最優先の仕事にしなければならない。

これが終われば、論文形式ではないかたちで、自由に自分自身の考えを発表していきたいと思っている。

他方、法政哲学会の雑誌「法政哲学13号」に、「『差異と反復』の解析と再構成の試み1」を投稿した。今後、『差異と反復』を改訳するだけでなく、コラージュもしくは離散多様体としての『差異と反復』を言わば暴力的に解析して、『差異と反復』内部の連続する諸要素を連関させる予定である。

そればかりでなく、『差異と反復』の諸要素と、『差異と反復』に至るまでのドゥルーズの諸著作の諸要素にラインを引こうと考えている。ドゥルーズは、『差異と反復』のアメリカ版の序文(『狂人の二つの体制1983-1995』所収)でこう語っているからである。

「・・・・私を襲い熱狂させたヒューム、スピノザ、ニーチェ、プルーストを研究したあと、私は「哲学すること」を試みたのだが、その最初の著作こそ、『差異と反復』であった。その後の私の仕事はすべて、この書物に繋がっていた。ガタリとの共著でさえそうである・・・」

とりあえず、『差異と反復』とそれ以前のドゥルーズ諸著作を比較検討していこう。

たしかに、ソーカルらが言うことに頷けるところがないわけではない。
「・・・これらのテクスト(ドゥルーズとガタリの諸著作)には実に様々な科学のテーマが登場する。ゲーデルの定理、超限基数の理論、リーマン幾何学、量子力学などなど。しかし、これらの取り扱いはあまりにも短く表面的なので、すでにそのテーマに精通しているのでもない限り、読者は何一つきちんとしたことを学びえない・・・」

これは、『差異と反復』における過去の哲学作品からの引用にも言えそうなことである。この批判的な言葉を無視しないでドゥルーズを読んでいきたい。

能書きばかりを並べていないで、具体的に論ぜよという声が聞こえてきそうなので、今日は、問題生産機械としての『差異と反復』第二章第一段落に関していくつか問題を提起するだけにしよう。

さて、この第一段落の冒頭の文章、「反復は、反復する対象において、何も変化させないが、その反復を観照する精神においては何かを変化させる。」は、ヒューム『人性論』における叙述のパラフレーズである。ドゥルーズの処女作にあたる『経験論と主体性』(一九五三)もヒューム論であり、そこにはすでにこの冒頭の文章とほぼ同じ叙述がある。

ところで、『経験論と主体性』刊行の直後、一九五五年に、若きドゥルーズは、彼自身が編纂した思想文献資料集を『本能と制度』という題名で出版している。そしてこの資料集は、マルクス『経済学・哲学草稿』からの抜粋で締めくくられている。

ドゥルーズが用いた『経済学・哲学草稿』のテクストは、一九五三年にフランスで初めて出版された仏訳のテクストである。ドゥルーズが抜粋した仏訳の箇所は、一九三二年に刊行されたいわゆるアドラツキー版のドイツ語テクストに合致している。それは、岩波文庫版『経済学・哲学草稿』p133で邦訳されている。

その頁の「享受」およびそこに付された訳注(11)を参照されたい。岩波文庫版の訳者は、この「享受」は、アドラツキー版では「精神 (Geist)」となっていたが、その後に出版されたいわゆるディーツ版では「享受(Genuss)」となっており、内容からしても「享受」の方が適合していると述べている。私は、ここに何らかのイデオロギー上の配慮が働いているのかどうかは知らないが、「精神」で何ら問題はないと思う。ともかくドゥルーズは、「精神(esprit)」を含む箇所を抜粋した。抜粋箇所は長くなるので、詳しい検討は次回に回そう。

ドゥルーズは、当然、『経済学・哲学草稿』をすべて読んでいるだろうから、「唯物論と科学を基礎づけた」というフォイエルバッハへのマルクスの賛辞やヘーゲル批判を知らないはずはない。言うまでもなく、この時期のマルクスはフォイエルバッハの強い影響のもとにあった。

またヒュームを唯物論の立場から不可知論者として手厳しく批判するレーニンの『唯物論と経験批判論』も知らないはずはないだろう。その仏訳はすでに、一九二八年に出版されているのだから。

ところが、『差異と反復』第二章のヒュームから始まる第一段落で提示されている物質の例は、現代物理学が問題にする何らかの物質ではなく、ライプニッツの瞬間的精神(メンス・モメンタネア mens momentanea )という或る種の形而上学精神である。このライプニッツの物質概念は「序論」ですでに言及されており、しかもヘーゲルのいわゆる『自然哲学』における「疎外された概念」、「疎外された精神」としての自然に関連づけられている。しかも、「結論」で再び「疎外された概念」が物質の定義として現れる。

マルクスもレーニンも読んでいたはずのドゥルーズは、何故ヒュームから哲学研究を開始し、精神という概念を強調するのだろうか(実際『差異と反復』では、レーニンへの言及がある)。

だから、当然。ドゥルーズにおける「物質」と「精神」は問題をはらむ言葉である。

だから、ドゥルーズは「物質」や「精神」をどう考えていたのだろうかという問いの立て方ではなく、ドゥルーズは「物質」や「精神」という言葉で、どのようなことを考えていたのだろうかと問う方がよい。

今後は、できるだけ1週あるいは2週に1回のペースでブログを書いていくつもりだ。

『差異と反復』第二章 第一段落 注釈5

第二章 それ自身へ向かう反復 

【原書p96】
反復 : 何かが変化させられること
【第一段落、旧訳ハードカバー版p119、文庫版上p197~198】
1  反復は、反復する対象において、何も変化させないが、その反復を観照する精神におい
2 ては何かを変化させる。ヒュームのこの有名なテーゼは、わたしたちを問題の核心につれ
3 てゆく。反復は、〔事例や要素の〕それぞれの提示=現前化は完全に独立しているというこ
4 とを権利上〈折り込んでいる〉のだから、どうして反復は、反復する事例や要素において
5 何かを変化させることがあろうか。反復における不連続性と瞬間性の規則は、〈一方が消え
6 てしまわなければ、他方は現れない〉と定式化される。例えば、〈瞬間的精神〔メンス・モ
7 メンタネア mens momentanea 〕としての物質〉の状態である。しかし、反復はできあ
8 がるそばから壊れてゆくものである以上、どうして、「二番目のもの」、「三番目のもの」、
9 また「それは同じものだ」と言えようか。それ〔反復〕は即自を有していないのだ。その
10 かわり、反復は、その反復を〈観照する〉精神において何かを変化させるのである。その
11 ようなことが、〈変容〉の本質なのである。ヒュームは、たとえして、〈AB、AB、AB、A・・・・・〉
12 というタイプの、事例の反復をとりあげている。それぞれの事例、つまりそれぞれの客観
13 的なシークエンス〈AB〉は、他の 事例つまりシークエンスから独立している。反復は、(た
14 だし正確には、ここではまだ反復を語ることはできないのだが)、対象においては、あるい
15 は〈AB〉という〈物の状態〉に おいては、何も変化させない。そのかわり、観照する精
16 神のなかに、〈ひとつの変化〉が生産される。すなわち、ひとつの差異が、つまり何か新し
17 いものが、精神のなかに生産されるのである。Aが現れると、いまや私は、Bの出現を予
18 期する。これこそが、それ〔反復〕の構成 に必然的に入らざるをえない〔関与せざるを
19 えない〕或る根源的な主観性としての、反復の〈対自〉なのであろうか。反復のパラドッ
20 クスとは、以下のようなことではないだろうか。すなわち、反復を観照する精神のなかに
21 その反復が導き入れる差異つまり変化による以外には、すなわち、精神が反復から〈抜き
22 取る〉或る差異による以外には、反復を語ることができないということ。

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注釈5

4行目の「権利上」の原語は、《en droit アン ドロワ》である。ドゥルーズはこの言い回しを頻繁に使う。なお、以下の注釈を読むにあたっては語学の知識は必要ないが、フランス語、ドイツ語、ラテン語の単語が出てくるので、多少の辛抱はしていただきたい。

こんなことを言うと、「読者をばかにするな」という声が飛んできそうだが、日本の学会では、原書,原語は素通りして翻訳本だけ読み、訳語だけでドゥルーズ研究を発表する研究者もいるのだから、あえてお節介な言動をしたくなるわけである。

ともかく、このドゥルーズの《en droit アン ドロワ》つまり「権利上」という言い回しは、カントの『純粋理性批判』のなかのラテン語《quid juris クイド ユーリス》に由来している(『差異と反復』ハードカバー版p34、p267、文庫版 上p46、下p26。)。このラテン語は、カントでは「権利問題」と訳されるのがふつうである。《quid クイド》が「問題」、《juris ユーリス》 が「権利」。西田幾多郎も「権利問題」という訳語を用いている。

というわけで、私は、カントに由来する《en droit アン ドロワ》を「権利上」と訳した。しかし、今では、「権利=法からして」と訳すのが、いっそう適切であるようにも思われる。が、これでは、くどい訳語になって読みにくいことも確かだ。また、以下で説明するように、『差異と反復』第二章では、そこまでこだわらなくてもよいかもしれない。

ところで、フランス語《droit ドロワ》は、その意味に関しては、ラテン語の《jus ユース、juris ユーリス》に、ドイツ語の《Recht レヒト》に相当するのだが。このフランス語も、ラテン語も、ドイツ語も、「法」と「権利」を意味している。

事実、《en droit アン ドロワ》を仏和辞典で引くと、たいてい「法的に」、「法律上」という意味が出てくる。では、「法」と「権利」では、どちらが基本になるのだろうか。私は、「法」が基本的な意味だと思っている。なぜなら「権利」とは、「法にもとづいて、利益を要求したり享受したりすることのできる資格」をいうのだから。

ともかく、「権利」の根底には、「法」の意味が響いている。

ではカントの「権利問題」とは何か。『純粋理性批判』におけるカントの説明を、岩波文庫上p162から引用しよう。ただし、一部、私の観点から訳文を修正する。

「法学者は、権限と越権を論じるとき、一個の法的な争い〔Rechtshandel レヒツハンデル 訴訟〕において次の二つの問いを区別する。すなわち、何が合法的〔Rechtens レヒテンス〕であるかという問い(quid juris クイド ユーリス 権利問題)と、事実に関する問い(quid facti クイド ファクティ 事実問題)とをである。・・・・・たとえば幸福とか運命といった濫用されている概念もあり、なるほどこれらの概念は、ほとんど皆から大目に見られて広く使用されているが、それでもなお、時には、《quid juris クイド ユーリス 何が合法的か 》という問いにさいなまれるのである。」

少し細かい点に触れておくが、カントの用いるラテン語《quid juris クイド ユーリス〔何が合法的か〕》の《juris ユーリス》は、《 jus ユース、法》の属格であり、カントのドイツ語《何が合法的〔Rechtens レヒテンス〕であるか》の《Rechtens レヒテンス》は、《Recht レヒト 法》の古いかたちの属格(2格)である。だからカントのドイツ語は、ラテン語の直訳とみなすことができる。したがってまた、従来「何が権利〔Rechtens レヒテンス〕であるか」と訳されてきたところは、「何が合法的〔Rechtens レヒテンス〕であるか」と訳すべきであろう。

結局、私が言いたいのは、ここでカントが用いている《《Recht レヒト》の意味は「権利」というより「法」に近い。だから、従来「権利問題」と訳されてきた《quid juris クイド ユーリス》は、「合法性の問題」と訳すべきだろうということだ。

したがって、ドゥルーズの用いる《en droit アン ドロワ》は、「法からして」と訳すべきかもしれない。事実、『差異と反復』の独訳では、《von Rechts wegen フォン レヒツ ヴェーゲン》すなわち「法に従って」と訳されている。

他方、英訳では、《in principle 原理的には》と訳されていて、権利と法の曖昧さは投げ捨てられている。これはこれでまた根拠のある訳し方であるが、法と権利のグレーゾーンを残した訳の方が生産的な読みにつながると思ったりもする。

しかし、ドゥルーズ自身、《en droit アン ドロワ》を言い換えている。ハードカバー版p121下段、文庫版p201。
「どの一打も、どの振動あるいは刺激も、〈論理的には〉他のものから独立しており、瞬間的精神である。」この「論理的には logiquement ロジックマン」を、「権利上 en droit アン ドロワ 」の言い換えとみなすことができる。

では、「権利上」の代わりに、「法に従って」、「原理的には」、「理論的には」といいかえれば、ひとつの瞬間的物理現象は後続する物理現象に影響を及ぼさないという、ドゥルーズの主張を受け入れることができるのだろうか。この主張には、どのような権利、法、原理、論理が前提されているのだろうか。

物質あるいは物理現象は、「瞬間的精神」だと言われている。これは、もちろんライプニッツの言葉である。では、ドゥルーズは、物質をどう考えているのだろうか。
                                     (続く)

『差異と反復』第二章 第一段落 注釈4

言うまでもないが、いま、注釈は第1段落について行っている。第1段落の本文(訳文)と注釈とを読み比べやすいように、注釈ごとに、毎回、冒頭に第1段落の訳文全体を掲載することにする。

なお、訳文は絶えず見直しているので、前回までの訳文が変更される場合がある。今回もそうだ。

ところで、『差異と反復』の独訳(Joseph Vogl訳)が1992年の春ごろに発行され、やはり1992年の秋に私の翻訳の初校ゲラが出たとき、それを手に入れることができた。しかし、もう時間がなく、この独訳を十分に参照することができなかった。だが、今回『差異と反復』を全面的に見直すにあたって、仏語原文と独訳とを完全に比較しながら、改訳の作業を進めるつもりである。

なお、英訳(Paul Patton訳)が1994年に発行されたが、賛成できない訳し方があり、この英訳を参照すべきかどうか迷ったが、学べる点があるかもしれないので、やはり参照することにした。

独訳、英訳で、注目すべきところがあれば、このブログで論じてみたい。



凡例
1、〈 〉は、文意をとりやすくするために、あるいは重要な語句だと訳者が判断した場合に、訳者が補った記号。
2、〔 〕は、訳者が補った文章や言葉を示す。
3、訳文のイタリック太字は、原文でのイタリック体を示す。  
4、:は、原書に記されている記号。
5、各行に番号を付した。ただし、原書の行に対応しているわけではない。文庫版『差異と反復』の行にできるだけ合致するようにした。
6、原文の代名詞(「それ」)や所有形容詞(「それの」)は、それらが指している語が自明だと思われるものは、くどいようだがその語に置き換えて訳したが、「それ」と訳してその直後に〔〕を置いて、その代名詞等が指していると思われる語を補った場合もある。

第二章 それ自身へ向かう反復 

【原書p96】
反復 : 何かが変化させられること
【第一段落、旧訳ハードカバー版p119、文庫版上p197~198】
1  反復は、反復する対象において、何も変化させないが、その反復を観照する精神におい
2 ては何かを変化させる。ヒュームのこの有名なテーゼは、わたしたちを問題の核心につれ
3 てゆく。反復は、〔事例や要素の〕それぞれの提示=現前化は完全に独立しているというこ
4 とを権利上〈折り込んでいる〉のだから、どうして反復は、反復する事例や要素において
5 何かを変化させることがあろうか。反復における不連続性と瞬間性の規則は、〈一方が消え
6 てしまわなければ、他方は現れない〉と定式化される。例えば、〈瞬間的精神〔メンス・モ
7 メンタネア mens momentanea 〕としての物質〉の状態である。しかし、反復はできあ
8 がるそばから壊れてゆくものである以上、どうして、「二番目のもの」、「三番目のもの」、
9 また「それは同じものだ」と言えようか。それ〔反復〕は即自を有していないのだ。その
10 かわり、反復は、その反復を〈観照する〉精神において何かを変化させるのである。その
11 ようなことが、〈変容〉の本質なのである。ヒュームは、たとえして、〈AB、AB、AB、A・・・・・〉
12 というタイプの、事例の反復をとりあげている。それぞれの事例、つまりそれぞれの客観
13 的なシークエンス〈AB〉は、他の 事例つまりシークエンスから独立している。反復は、(た
14 だし正確には、ここではまだ反復を語ることはできないのだが)、対象においては、あるい
15 は〈AB〉という〈物の状態〉に おいては、何も変化させない。そのかわり、観照する精
16 神のなかに、〈ひとつの変化〉が生産される。すなわち、ひとつの差異が、つまり何か新し
17 いものが、精神のなかに生産されるのである。Aが現れると、いまや私は、Bの出現を予
18 期する。これこそが、それ〔反復〕の構成 に必 然的に入らざるをえない〔関与せざるを
19 えない〕或る根源的な主観性としての、反復の〈対自〉なのであろうか。反復のパラドッ
20 クスとは、以下のようなことではないだろうか。すなわち、反復を観照する精神のなかに
21 その反復が導き入れる差異つまり変化による以外には、すなわち、精神が反復から〈抜き
22 取る〉或る差異による以外には、反復を語ることができないということ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

注釈4
 
精神と物質を、あるいは心と物をビシッと定義した上で、そこから両者の差異や、それぞれの特徴を説明していく、という論じ方をドゥルーズはしない。概してドゥルーズは、定義されていない、あるいは意味が自明ではない言葉を用いて、散文と詩の中間のような文体で論を進めてゆく。だから、ドゥルーズの論述に対して、わかりにくい、あるいは説明不足だという抗議が寄せられることがある。

たしかに私も、『差異と反復』を訳しているとき、絶えず、もう少し説明してくれてもいいのではないかという気持ちをもっていた。

だが、読み込むうちに、それは、ないものねだりだと思うようになった。私がドゥルーズの思考の展開に追いついてゆけないので、そんな気持ちをもってしまったのだろう。

しつこく何故だ、どうしてなんだ、と問いかけながら読む以外に、ドゥルーズに対応する方法はない。もちろん、『差異と反復』を読む上で、哲学史や精神分析や自然科学に関する基本的な教養は必要ではあるが。

たしかに、ドゥルーズを利用できれば、それでよいと触れ回る人もいる。しかし、私はそのような人には関心がない。

人々が、ドゥルーズという名前を聞いいただけで威光を感じるうちはよい。だが、私が恐れるのは、ドゥルーズ自身の文章を読んでも何がなんだかわからないという評価が世間に定着して、いつかドゥルーズ自身が読まれなくなってしまうことだ。

私自身、『差異と反復』を完全に理解できているわけではない。けれども、この書には、多くの人が感じているように何か尋常ならざるものがある。それを追究したいと思うばかりだ。その結果がどう出ようと、私にできるのはそれを甘受することだけである。

                        *

さて、物理現象の反復とは何か。いま私は、物理現象と言ったが、もちろんドゥルーズはこのような表現はしない。

ドゥルーズは、冒頭で、「反復は、反復する対象において、何も変化させない」と語る。この「反復する対象」を物理現象とみなそう。

「対象」とは「物の状態」である。「対象においては、あるいは〈AB〉という〈物の状態〉に おいては」と言われている(14~15行目)。

だから、「対象」たる「物の状態」が反復する。例えば「AB」、「チックタック」が反復する。

他方、「物質の状態」という言い方もある(7行目)。

「物質の状態」とは、瞬間的であり不連続な反復である。それは、「一方が消えてしまわなければ、他方は現れない」と言われる(5~6行目)。したがって、「物質の状態」とは、「物の状態」、「AB」、「チックタック」の反復であろう。

「物の状態」とは、反復するはずの「対象」、「AB」、「チックタック」を指している。「物質の状態」とは、瞬間的、非連続的な反復、つまり「物の状態」の反復を指している。

けれども「物の状態」も「物質の状態」も、結局、同じことになる。なぜなら、「物質の状態」としての反復では、瞬間ごとに同じひとつの「物の状態」つまり同じひとつの「AB」しか現れていないはずであるから。

先立つ瞬間における「物の状態」、「AB」は、後続する瞬間においては保存されずに消えてしまう。

結局、「物質の状態」という反復のどの瞬間においても、「物の状態」としてのABしか現れていないのだ。

だからこそ、物理現象の反復、つまり「物の状態」の反復は「反復する対象において、何も変化させない」と言えるのだろう。

けれども、こんな単純な瞬間説にもとづいて、「反復は、反復する対象において、何も変化させない」と言ってよいのだろうか。

自然界において、時間を瞬間の連続と考え、先行する瞬間における物理現象は後続する瞬間における物理現象に何の影響も与えない、と言ってよいのだろうか。

だが、ここで「権利上」という哲学用語が生きる。ドゥルーズはこう言う。「反復は、〔事例や要素の〕それぞれの提示=現前化は完全に独立しているということを権利上折り込んでいる」(3~4行目)。

では、ドゥルーズが言う「権利上」とは何を意味するのか。
                                                                   (続く)

                                           

『差異と反復』第二章 第一段落 注釈3

注釈3   

この第一段落の哲学史的背景には、ヒュームはもちろん、スコラ哲学、ロック、ライプニッツ、ヘーゲル、キルケゴール、ベルクソン、フッサールなどがたたずんでいる。ドゥルーズの極度に繊細な叙述がどのように「ドゥルーズ自身の理論」を提示するのか、これを見極めるのは、たしかに難しい。おそらく、「ドゥルーズ自身の理論」という観点からドゥルーズを読もうとすること自体が、そもそも的外れな態度なのかもしれない。以下で考察するように、ドゥルーズの「ずらし方」に、ドゥルーズのクリエイティブな理論構成が潜んでいるのだろう。たとえば、髭をはやしたヒューム(変容させられたヒューム)を見るのではなく、ヒューム理論がずらされて、他の哲学者の理論に接続されていく仕方を見るということだ。

しかし、とにかく読んでいこう。

1行目は反復する対象(物理現象)と、反復を観照する精神とを区別している。そして対象には変化は何も生じないが、精神には何らかの変化が生じるとされている。

これは、おそらく、次のようなヒュームの叙述にもとづく主張だろう。
「さて上述のように、力能観念を起す若干の類似する諸事例は、互いに何らの影響も持たず、諸観念の原型となり得る如何なる新しい性質をも事物〔自身〕のうちに産むことは決してできない。しかもそれにも拘らず、この類似の観察は、心のうちに力能観念の真の原型である新しい印象を産むのである。」【岩波文庫『人性論』(一)p255】

(注)ヒュームの言う「力能 power」とは、原因が結果を起す作用原理を意味している。たとえば一つの玉が他の玉にぶつかって運動を伝える場合である。

ところで、ヒュームの言う心のうちに産まれる「新しい印象」とは、類似する諸事例の一つであるのでも、その部分であるのでもない。つまり、〈AB、AB、AB、A・・・・・〉と来て、Bの出現を予期する、ということではない。

ドゥルーズは、こう述べている(13行目以下)。「反復は、対象においては、あるいは〈AB〉という〈物の状態〉においては、何も変化させない。そのかわり、観照する精神のなかに、〈ひとつの変化〉が生産される。すなわち、ひとつの差異が、つまり何か新しいものが、精神のなかに生産されるのである。Aが現れると、いまや私は、Bの出現を予期する。」

しかしヒュームは、「類似する諸連接(conjunctions)の若干の事例は、心を導いて力能および必然性の念(notion)に到らせる。」【同書p255】と述べている。

すなわち、ヒュームにおいては、玉どうしの衝突の反復から、力能や必然性というまったく新たな印象(ひいては観念)が心のなかに産まれるとされているのだが、ドゥルーズにおいては、反復する事例(諸要素の組み合わせ、つまりABに含まれるひとつの要素Bの出現の「予期」が、新たなものであり、そう意味での新たなものが精神のなかに生じるのである。

しかし、ヒュームも、一筋縄ではいかない哲学者である。
「先ず第一に言えることであるが、未来が過去に類似するという仮定は、如何なる種類の証明も根底とせず、その由って来るところは全く、在来の慣れ来った事物系列と同じ事物系列を未来にまで期待するように心を限定する(determine)習癖(habit)である。この過去を未来に転移する習癖ないし限定は、遺漏なく完全である。」【同書p212】

ヒュームはここでは、過去の反復によって、心は、何か新たなものではなく、過去と類似したものが未来において出現するのを期待するようになると主張している。こうしてみると、

ドゥルーズがここで、ヒュームを口実にして問題にしているのは、
1、反復の効果は、反復する物理現象にもたらされるのではなく、反復を観照する精神にもたらされるということ、
2、反復は、時間(過去から未来へ向かうこと)に深く関わっているということ
であろう。

その問題の展開は、反復がもたらす「新たなもの」の意味をずらせることによって可能になっている。

では、物理現象としての反復とはどのようなことか。そして、精神とは何か。
                                (続く)

『差異と反復』第二章 第一段落 注釈2

注釈2

もちろん注釈には様々なリスクがある。特に『差異と反復』の文言の出典を明らかにする作業には独特の怖さがある。

たとえば、10行目で、ヒュームは〈AB、AB、AB、A・・・・・〉というタイプの事例の反復をとりあげていると、ドゥルーズは言う。ドゥルーズは、第二章の原注1で、『人性論』の参照箇所を挙げているが、少なくともそこにその例はない。『人性論』すべてを読んでも、見当たらない。

しかしそれは私の見落としで、他の箇所あるいはヒュームの他の著作にあるのかもしれない。出典に関して注釈をしようとすると、間違いに陥る危険がつねにある。

だが、他方、出典を明確に指摘できたところで、ドゥルーズ自身の考え方つまり理論が把握できなければ意味がない。

ドゥルーズの方法論をもう一度引用しよう。「哲学史とは、哲学そのものの再生=再生産である。哲学史における報告は、正真正銘の分身=複製として振舞わなければならないだろうし、その分身=複製に固有の最高度の変容を包含しなければならないだろう。」

そしてドゥルーズは、これにこう続けている。「口髭をはやしたモナ・リザ〔マルセル・デュシャンのあまりにも有名な作品〕と同じ意味で、哲学的に髭をはやしたヘーゲル、哲学的に髭をそったマルクスを想像してみよう。」これを真に受けないドゥルーズ研究者は多い。

『差異と反復』に登場する哲学者たちは、実在した哲学者たち、あるいは従来の哲学史で扱われた哲学者たちの分身=複製、それもドゥルーズが創作した分身=複製ではないだろうか。たとえばヒュームが、そうなのだろう。

『差異と反復』は、「変容した分身=複製によって哲学を再生し再生産する作業=作品」であると言ってよいだろう。ここにまた、注釈のリスクがある。注釈が、『差異と反復』において過去の哲学がどのように変容させられたのかを厳密に明らかにしようとするなら、それは無理な話で、また、あまり意味がない注釈になるだろう。

だから私は、このブログの注釈において、『差異と反復』のコラージュ的な行論に素朴に問いかけ、その問いによって思索を展開しようと思う。私の問いと思索が、読者自身の思索に資するところがあれば幸いである。

今回は、能書きばかりで申し訳ない。

『差異と反復』第二章第1段落注釈1

第二章 それ自身へ向かう反復 

反復 : 何かが変化させられること
【第一段落、原書p96、旧訳ハードカバー版p119、文庫版上p197~198】

1  反復は、反復する対象において、何も変化させないが、その反復を観照する精神に
2 おいては何かを変化させる。ヒュームのこの有名なテーゼは、わたしたちを問題の核心に
3 つれてゆく。反復は、〔事例や要素の〕それぞれの提示=現前化は完全に独立しているという
4 ことを権利上〈折り込んでいる〉のだから、どうして反復は、反復する事例や要素において
5 何かを変化させることがあろうか。反復における不連続性と瞬間性の規則は、〈一方が消え
6 てしまわなければ、他方は現れない〉と定式化される。例えば、瞬間的精神としての〈物質の状態〉
7 である。しかし、反復はできあがるそばから壊れてゆくものである以上、どうして、「二番目のもの」、
8 「三番目のもの」、また「それは同じものだ」という言い方ができようか。反復は、即自を有していないのだ。
9 そのかわり、反復は、その反復を〈観照する〉精神において何かを変化させるのである。
10 そのようなことが、〈変容〉の本質である。ヒュームは、たとえして、〈AB、AB、AB、A・・・・・〉
11 というタイプの、事例の反復をとりあげている。それぞれの事例、つまりそれぞれの客観的な
12 シークエンス〈AB〉は、ほかの事例つまりシークエンス〔AB〕から独立している。反復は、
13 (ただし正確には、ここでは まだ反復とは言えないのだが)、対象においては、つまり
14 〈AB〉という〈物の状態〉 においては、何も変化させない。そのかわり、観照する精神のなかに、
15 〈ひとつの変化〉が生産される。すなわち、ひとつの差異が、つまり何か新しいものが、
16 精神のなかに生産されるのである。Aが現れると、いまや私は、Bの出現を予期する。
18 これこそが、反復の構成に必然的に関与せざるをえない或る根源的な主観性としての、
19 反復の〈対自〉なのであろうか。反復のパラドックスとは、以下のようなことではないだろうか。
20 すなわち、反復を 観照する精神のなかにその反復が導き入れる差異つまり変化による以外には、
21 すなわち、精神が反復から〈抜き取る〉或る差異による以外には、反復を語ることができないということ.。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『差異と反復』第二章 第一段落 注釈

以下の注釈は、「注釈」とは言っても、ドゥルーズのテクストの「解読」である。そこには、テクストについての私の視点からする疑問の提起と、その疑問をめぐる私自身の考察が含まれる。したがって、この注釈は『差異と反復』についての、弱点が目につく解読である。

【】の記号のなかは出典などを示しているので、読むのが煩わしい読者は、省略してさしつかえない。


注釈1

1~2行目の「反復は、反復する対象において、何も変化させないが、その反復を観照する精神においては何かを変化させる。」という文章は、その直後に「ヒュームのこの有名なテーゼ」とあるように、ヒュームの『人性論』の叙述を指している。ドゥルーズは、早くも、彼の処女作『経験論と主体性』において、同様のことを述べていた。【ドゥルーズ『経験論と主体性』河出書房新社p92、ヒューム『人性論』(一)岩波文庫、第一編第三部の第十二節~第十四節、とりわけ『人性論』(一)p212、241~242、p254~255、p260を参照。】

ドゥルーズは、『人性論』のごちゃごちゃした叙述を選択的に問題にしている。ここでは、ドゥルーズは、「物質の状態」あるいは「物の状態」と「精神」とを区別して、両者における「事例の反復」を比較対照しながら、二種類の反復、物質における反復と精神における反復の特徴を記述する。もちろん、物質と精神の区別の根拠はどこにあるのか、いや、そもそも物質とは何か、精神とは何かと、問わなければならないだろう。これについては、以下で、考察しよう。

「反復する事例や要素」の「事例(フランス語ではcas)」とは、具体的には〈AB、AB、AB、A・・・・・〉という反復における〈AB〉である。さらに具体的には〈チックタック、チックタック、チックタック、チック・・・・・〉の〈チックタック〉が事例である。この「事例の反復」は開いている。つまり最後の〈チック〉の後に何が来るか、あらかじめ決定されていない。

それに対して、「要素」とは、第二章の第4段落で示されるように,ベルクソンにおける〈A、A、A、A〉というタイプの反復における〈A〉を指す。さらに具体的には〈チック、チック、チック、チック〉の〈チック〉を指す。これは、ベルクソンの『意識に直接与えられているものについての試論』の例である。【白水社『ベルクソン全集1』、p119参照】この反復は、閉じている。ベルクソンの説明では、時刻を知らせる時計の打音である。4時の打音が問題にされている。つまり、音が四つなったら終わりである。しかしそれにしても、時刻を知らせる時計の打音が〈チック〉だというのは、少し変ではないかと思われるかもしれないが、以下に述べるように、ドゥルーズはちゃんと考えて、このような例を提示している。

「反復を観照する精神」の「観照する」とは、どのようなことをすることだろうか。その原語は《 contempler コンタンプレ》である。私は、ドゥルーズが用いるこのフランス語を「観照する」と訳した。訳語「観照する」で、科学的な意味での観察でもなく、私たちが日常行っている意志的な観察でもなく、たんなる写生主義の「視」でもない、或る受動的な「見える」、「聞こえる」という状態を指し示そうとした。

ちなみに、ヒューム自身は、《 observe 》、《 contemplate 》という英語を用いている。岩波文庫訳では、「観察する」、「熟視する」と訳されている。『人性論』の文脈では適切な訳である。

では、精神とは何か、そして、瞬間的精神としての「物質の状態」とは何か。

表に出されていないが、ここでドゥルーズが参照している著作は、ベルクソンの『精神のエネルギー』の冒頭に置かれた「意識と生命」という論文(英語での講演にもとづく)の「意識・記憶・予想」という節である。

ドゥルーズは、ヒュームの文脈に、いきなり断りもなくベルクソンの話をつなげているのだが、そうしたやり方は、『差異と反復』という哲学書の書き方(コラージュ)なのである。

『差異と反復』の「はじめに」では、こう述べられている。「哲学史は、絵画における或るコラージュの役割にかなり似た役割を演じるべきだと、わたしたちには思われる。哲学史とは、哲学そのものの再生=再生産である。哲学史における報告は、正真正銘の分身=複製として振舞わなければならないだろうし、その分身=複製に固有の最高度の変容を包含しなければならないだろう。」【ハードカバー版p17、文庫版上p18、ただし訳文を少し修正した。今後、訳文の修正については、言及しない】

さて、ドゥルーズの視点から、ヒューム/ベルクソンにおける「精神」と「物質の状態」に話を戻そう。

(次回に続く。できるだけ勤勉に、しかし寿命を縮めないようなペースで、注釈を書いていくつもりである。なお、すでに書いた文章を、後になって変更する場合もある。)                       


『差異と反復』読解再開1

はじめに

『差異と反復』第二章の読解を再開する。段落ごとに改訳し、精読に耐える訳文をつくるよう務める。とはいうものの、文体は文庫版の訳文をできるだけ生かすようにする。

『差異と反復』の拙訳は、すでに2万部以上発行されている。多くの図書館も購入しているだろうが、およそ2万人以上の個人の読者が購入されたはずだ。その方々は、おそらく、ドゥルーズについて書かれた「ドゥルーズ本」からではなく、『差異と反復』そのもので、ドゥルーズの思想を理解したいと思われているのではないだろうか。そのためにも、重ねて言うが、私には、精読に耐える訳文をつくる義務があるだろう。

このブログでは、一行ごとに番号を付し、注釈でどの語句が問題にされているのかが、すぐ把握できるようにした。それぞれの行をなるべく文庫版の行に合わせるようにしたが、訳文の変更や、文庫版における抜けの箇所の修正のため、、多少のズレが生じるはずである。

注釈は、文庫版にあるような無味乾燥なものではなく、エセーのようなかたちで叙述することにした。

『差異と反復』の第二章から始めるが、第二章が済めば、序論に戻って、すべての章を順に改訳しながら、注釈していく予定である。

『差異と反復』における「精神分析」論と、「数学」論は、世界的にも未開拓な分野である。私は、精神分析の専門家でも数学の専門家でもないが、ドゥルーズの「精神分析」論と「数学」論の検討に着手するつもりである。

いま、昨年「日本ラカン協会」で口頭で発表したものに手を加えて論文を制作しているところである。その目的は、処女作『経験論と主体性』から『アンチ・オイディプス』までを通覧して「欲望(désir)」の言葉遣いを分析し、ドゥルーズの欲望概念を明確化することである。これが、ドゥルーズの「精神分析」論の検討につながるはずである。

問題は、ドゥルーズの「数学」論である。私は、『差異と反復』第4章で、畏友荻原真氏の協力を得て、数学に関する訳注を付しておいたが、その後、翻訳の仕事に追われたこともあって、ドゥルーズの「数学」論に立ち入る気力がなかなか出てこなかった。

ところで、ドゥルーズの前期著作の『ベルクソンの哲学』(その重要性はどれほど強調しても強調しすぎることはない、だからこそ、徹底的な改訳が望まれる)で、フロイトの無意識とベルクソンの無意識が比較検討されている。そこでは、ベルクソンの持続概念に関して、リーマンの多様体概念が引き合いに出されている。

ドゥルーズは原注で、リーマンの著作のほか、ヘルマン・ワイル(ヴァイル)の『空間・時間・物質』の仏訳を参照するよう指示している。その邦訳は、ドイツ語原書第五版にもとづいて、1973年に出版されており、現在は文庫本で再刊されている。

ところが、その『空間・時間・物質』冒頭の「第五版に対する序」が、次のような文章で締めくくられている。「本書の第4版の仏訳と英訳が出ている。しかしながら仏訳は“自由な”訳なので私は部分的にはそれの内容に関してあらゆる責任を拒絶せざるを得ない。」これには、参った。

ドゥルーズの多様体論は、ヴァイルが責任を拒絶した仏訳に依拠しているのだろうか。ヴァイルが責任をもてないと言う仏訳はまだ私の手もとに届かないが、それがドゥルーズの多様体理解に影響を及ぼしているのかどうかを、いずれ、ドイツ語原文と仏訳とを比較検討することによって、このブログで報告できるだろう。もちろん、たとえ仏訳が不適切な翻訳であったとしても、ドゥルーズの着想に意味があれば、それでいいわけだが。

たしかに、ドゥルーズの「数学」論を扱うのは、私には勝った仕事であるが、『差異と反復』はそのすべてが数学的な観念のなかに浸っており、わたしのような数学の素人が、たとえばリーマンやカントルに関するドゥルーズの議論の注釈を行うのは、必ずしも無駄な努力ではないと自分に言い聞かせている。

ドゥルーズの「数学」論に取り組む必要性を、あらためて感じさせてくれたのは、例のソーカル事件によってである。いや、ソーカル事件そのものというより、ソーカルとブリクモンの『「知」の欺瞞』と題された翻訳本によってである。不愉快な翻訳本であったので、ほったらかしにしておいたが、『差異と反復』の読解を再開するにあたって読み返し、やはりソーカルらのドゥルーズ批判に何らかの対応をすべきだと考えた。

ソーカルらのドゥルーズ批判の要点は、彼らの次のような文章によく現れている。「これらの〔ドゥルーズの〕テクストのなかには、ひとにぎりの判読可能な文章がある。陳腐なものもあれば、間違っているものもある。・・・・・要は、すでに150年以上も前に完全に解決された数学の問題について、人を煙にまくような議論を展開する意味がどこにあるのかということだ。」

しかし、ソーカルたちよ、また翻訳者の方々よ、もう少しフェアな態勢をとってもよいのではないか。ドゥルーズは、『差異と反復』のなかで、以上のような批判にすでに答えている。そして彼らは、その答えになる部分をそっくり削除して、引用を行っているのである。『「知」の欺瞞』p217の引用の8行目である。

そこで削除されたドゥルーズの文章は、こうである。「したがって、野蛮だとか、学問以前的だとか言われる、微分法の昔の解釈のなかには、或る宝が存在するのであって、これを無限小という不要鉱物から取り出さなければならないのである。・・・それら三人(マイモン、ロンスキ、ボルダス=ドゥムーラン)には多大なる哲学的な富があり、これは現代の学問上のテクニックの犠牲にされてはならない。・・・・・」(『差異と反復』、ハードカバー版p263、文庫版下p18)

ドゥルーズは、微分法に関して、たんなる数学的問題に取り組んでいるのではない。『差異と反復』は哲学書であることを、ソーカルらは十分に理解していないようだ。いや、理解しているからこそ、このドゥルーズの叙述を削除して引用したのだろう。

ソーカルらのドゥルーズに対する無理解ぶりは、以下の文章にもよく現れている。「もちろんドゥルーズが、好むなら、これらの言葉を二つ以上の意味で使うのは歓迎だが、そうしたいならば二つの(あるいはより多くの)意味をきちんと区別し、それらの用法の関係を明確に説明する議論を示す必要がある。」(同書、p222)

ここまでくると、申し訳ないが愚者たちよと言いたくなる。ドゥルーズは、言葉を一種のポリフォニー的に使用して哲学的議論をしている場合が多いことを、ソーカルらは知らないようだ。彼らは、『差異と反復』のうち、自分らでもこなせそうなところだけを読んで速断し、ドゥルーズ批判をしているが、そんなことをしてもしょうがないだろうに。ドゥルーズ批判をしたいのなら、ドゥルーズは、ポリフォニー的な言葉遣いによって思考を解放しようとしていることぐらい知っておくべきだ。ドゥルーズは、既存の知を教える教科書を書いているのではないぐらいのことを。

ソーカルらは、哲学に理解を示すかのような発言をしているが、結局は哲学嫌いなのだろう。ところで、ドゥルーズが参照しているヘルマン・ヴァイルは、『連続体 (Das Kontinuum)』という本を書いている。邦訳は2016年2月に出た。そこには、直観主義を批判する次のような文章がある。

「その直観で与えられたような連続体は数学的な学問分野の基礎にはなりえない。・・・・・この数学的な概念世界の、直截的に経験された現象学的時間( la durée )の連続性に対する、深刻な異質性を、強調して示唆したことは、ベルクソンの哲学の貢献である。〔数学な概念世界と、直截的に経験された現象学的時間(持続)の連続性とは、異質であるということを、ベルクソンは示唆したということ。―――財津の補い〕(例えば概念が論理的な存在と成るようには)意識によって与えられたものが単純に存在とはならず、常に持続して変貌をとげ続ける現在―――主体がこれが現在だと言えるという意味で―――は既に現在ではない、というのは何によるのか?」(邦訳p88~89)

数学者ヴァイルは、おのれのあるべき立場を追求して、哲学と対話しているのである。根本的なところで新たな視界を開こうとするとき人は哲学する、ということのよい例である。

先ほど私は、ソーカルたちばかりでなく、その翻訳者たちにも苦言を呈した。なぜかと言うと、『「知」の欺瞞』の訳注で、彼らは、『差異と反復』の拙訳の不備を指摘して、私が数学に無知であるかのような印象付けを行っているからである。

まず、邦訳『「知」の欺瞞』p206の原注(197)で、ソーカルらは、カントルの「超限基数」に関するドゥルーズの(くだらない?)議論の例として、ドゥルーズの『哲学とは何か』の箇所を出している。このソーカルらの書のフランス語版と英語版もまだ私の手もとに届いていないので、原書でどうなっているのかわからないが、その原注では、『哲学とは何か』の英訳の頁数が示されており、おそらく訳者らの手によって私の拙訳ハードカバー版(1997年)の頁数も指示されている。

邦訳『「知」の欺瞞』は日本向けの本であろう。日本のドゥルーズ研究者はドゥルーズをフランス語原書で読んでいる、英訳などには頼っていない。だから、ドゥルーズの著書の英訳の頁数をそのまま記しても意味がない。なぜ、訳者らは、ドゥルーズのフランス語原書の頁数を出さなかったのだろうか。これは、私にとって、後述するようにささいな問題ではない。

以下いささか細かい議論になるが、邦訳『「知」の欺瞞』p206の原注(197)で指摘されたドゥルーズの『哲学とは何か』におけるカントル論の箇所で、私はフランス語《 puissance 》をピュイサンスというルビをふって「濃度」と訳した。当たり前の訳し方である。また《 puissance du continu 》を「連続体の濃度」と訳しておいた。(ハードカバー版p171、 文庫版p204)『「知」の欺瞞』の訳者らは、拙訳の頁数を挙げているのだから、当然拙訳のこの部分を読んでいるはずだ。

他方、すでに『差異と反復』でも《 puissance du continu 》というフランス語が使われており、ここではそれを私は「連続体の力=累乗」と訳した。つまり、《 puissance 》を数学用語「濃度」ではなく「力=累乗」というドゥルーズ用語として訳した。(ハードカバー版p85、 文庫版p138)

ドゥルーズは、ほかに、《 puissance du 》という表現を様々に使用している。たとえば、《puissance du faux》、《puissance du fantasme》など、前者は「〈偽〉の力」、後者は「幻想の力」と訳した。 私は、『差異と反復』では、ドゥルーズのポリフォニー的な言葉遣いと、訳語の統一との兼ね合いに苦しんだ。「連続体の力=累乗」には、当然、訳注を付け、数学的観点からは「連続体の濃度」と訳すべきであることを示すはずであった。

しかし、『差異と反復』の翻訳が完成に近づいた頃、出版社から訳注が多すぎるのではないか、特に数学に付した訳注は過大ではないかとの指摘を受け、私は数学に関する訳注を大幅にカットしてしまった。その作業で、たしかに混乱はあった。

さて、邦訳『「知」の欺瞞』p216で、『差異と反復』の上記の「連続体の力=累乗」が引用されており、それに原注(210)が付され、その原注のなかで書かれた訳注に、次のような文章がある。
「文中で「連続体の力=累乗」と訳されているpuissance du continuum の数学用語としての訳は「連続の濃度」である。英語のpowerと同様に、フランス語のpuissance は日常的な意味での「力」などのほかに、数学では「べき乗(累乗)」の意味と集合論での「濃度」の双方の 意味で用いられる。」

教えてくれるものだ。しかし、指摘しておかなければならないことがある。まず、『差異と反復』原文では、《puissance du continuum》ではなく、《puissance du continu》というフランス語が使われている。人にイチャモンをつけたいのなら、引用ぐらい正確にしておくべきだろう。またドゥルーズは、《 puissance 》という語を、日常的な意味での「力」で使っているのではなく、その語の根底に、ニーチェの「力の意志(権力への意志)」における「力 Macht=puissance」の意味を、もちろんドゥルーズによる解釈のニーチェ的「力」の意味を響かせている。

『哲学とは何か』で私が「濃度」という訳語を使用しているのを彼らは知りながら、あたかも、私が数学に無知であるかのように見せかける彼らのやり方には、いかなる意図があるのだろうか。

《puissance 》に数学的「濃度」の意味があることぐらい、仏和辞典や、数学辞典を引けば、だれでもわかることだ。

さらに不愉快なやり方は、邦訳『「知」の欺瞞』p220の原注(211)のなかで書かれた訳注である。たしかに、私は、「依存してはならない」と訳すべきところを、「依存してはいない」という訳文を作ってしまった。(『差異と反復』)(ハードカバー版p263下段6行目、文庫版p19、4行目)こうなったのは、「(否定文では)~してはならない」を意味する《 devoir 》という語を見逃してしまったためである。

かれらは、その原注(211)のなかの訳注で、上記の箇所に関して、「数学の立場から読むと、・・・・・「依存してはならない」と解釈できる」と指摘する。ここで、私がフランス語の動詞を一つ見逃すというミスを犯したことを、私が「数学の立場から読」めていないとしたいわけだ。

とはいうものの、拙訳『差異と反復』の最近の版でも、語句の見逃しや抜けはすべて修正されていない。また、訳語や訳文そのものを修正したい箇所もある。それには長い時間がかかるので、ブログで『差異と反復』の訳文の全面的見直しと、注釈を遂行したいと思うわけである。

なお、今回は、訳文を提示するだけにして、近日中に注釈を掲載するつもりである。

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『差異と反復』訳と注釈

凡例
〈 〉は、文意をとりやすくするために、あるいは重要な語句だと訳者が判断した場合に、訳者が補った記号。
〔 〕は、訳者が補った文章や言葉を示す。
訳文のイタリック太字は、原文でのイタリック体を示す。  
:は、原書に記されている記号。
各行に番号を付した。ただし、原書の行に対応しているわけではない。文庫版『差異と反復』の行にできるだけ合致するようにした。

第二章 それ自身へ向かう反復 

反復 : 何かが変化させられること
【第一段落、原書p96、旧訳ハードカバー版p119、文庫版上p197~198】

1  反復は、反復する対象において、何も変化させないが、その反復を観照する精神に
2 おいては何かを変化させる。ヒュームのこの有名なテーゼは、わたしたちを問題の核心に
3 つれてゆく。反復は、〔事例や要素の〕それぞれの提示=現前化は完全に独立しているという
4 ことを権利上〈折り込んでいる〉のだから、どうして反復は、反復する事例や要素において
5 何かを変化させることがあろうか。反復における不連続性と瞬間性の規則は、〈一方が消え
6 てしまわなければ、他方は現れない〉と定式化される。例えば、瞬間的精神としての〈物質の状態〉
7 である。しかし、反復はできあがるそばから壊れてゆくものである以上、どうして、「二番目のもの」、
8 「三番目のもの」、また「それは同じものだ」という言い方ができようか。反復は、即自を有していないのだ。
9 そのかわり、反復は、その反復を〈観照する〉精神において何かを変化させるのである。
10 そのようなことが、〈変容〉の本質である。ヒュームは、たとえして、〈AB、AB、AB、A・・・・・〉
11 というタイプの、事例の反復をとりあげている。それぞれの事例、つまりそれぞれの客観的な
12 シークエンス〈AB〉は、ほかの事例つまりシークエンス〔AB〕から独立している。反復は、
13 (ただし正確には、ここでは まだ反復とは言えないのだが)、対象においては、つまり
14 〈AB〉という〈物の状態〉 においては、何も変化させない。そのかわり、観照する精神のなかに、
15 〈ひとつの変化〉が生産される。すなわち、ひとつの差異が、つまり何か新しいものが、
16 精神のなかに生産されるのである。Aが現れると、いまや私は、Bの出現を予期する。
18 これこそが、反復の構成に必然的に関与せざるをえない或る根源的な主観性としての、
19 反復の〈対自〉なのであろうか。反復のパラドックスとは、以下のようなことではないだろうか。
20 すなわち、反復を 観照する精神のなかにその反復が導き入れる差異つまり変化による以外には、
21 すなわち、精神が反復から〈抜き取る〉或る差異による以外には、反復を語ることができないということ.。

憲法第9条は変更するべきか

(改憲についての記事は今回でいったん打ち切り、次回は直ちに『差異と反復』の解説に戻るつもりである。)
           
*憲法第9条は変更するべきか。


今夏に予想される衆参同日選挙で(もちろん、同日選挙はあくまで予想であるが)、与党が衆参両院で議員の3分の2以上をとれば、改憲の歩みは速く強くなるだろう。

改憲の中心的テーマは、憲法第9条だろう。

各種の世論調査からすると、国民の多くは、今のところ自衛隊と個別的自衛権を認めていると言えるだろう。だが、問題は、国民が集団的自衛権をも認めるかどうかである。

たしかに、国会ではこの案件は通っており、安全保障関連法が3月29日に施行された。しかし、国民自身による審判は今夏の総選挙で下るだろう。

よく言われることだが、集団的自衛権が憲法違反であれば、その違憲状態を放置して、屁理屈による解釈で集団的自衛権の保持を正当化つまり合憲化しようとすれば、憲法の法的安定性が損なわれる。つまり、憲法違反を認めたままにするなら、そもそも憲法が無意味になるということだろう。

憲法に関心をもっている読者には、ほとんど周知の事実だろうが、憲法第9条をその成立の事情からあらためて考えてみよう。

日本国憲法の原理を決定したのは連合国軍最高司令官マッカーサーであったが、彼が言ったように、憲法第9条は平和の理想を表現したものであろうか。

さて、極東委員会(戦後の日本を管理する連合国の最高の政策決定機関、ワシントンに設置)と、その出先機関である対日理事会(連合国最高司令官マッカーサーに対する協議・勧告の機関、東京に設置)を、マッカーサーが、嫌悪していたことはよく知られている。

極東委員会および対日理事会は、戦後1945年12月に、アメリカ、イギリス、ソ連の外相会議でその設置が決定されたものである。ところが、それ以前の1945年8月に、マッカーサーは連合国軍最高司令官に任命され、同年10月には連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が設置された。

マッカーサーにしてみれば、自分が最高権力者としてGHQを率い、ポツダム宣言にもとづいて、しかもおのれの方針に沿って、日本を民主化し、連合国に刃向かえない国家に改造するはずであったのに、GHQ設置の後になって、GHQの上位に極東委員会と対日理事会が置かれたのだから面白いはずがない。マッカーサーは、とりわけ極東委員会や対日理事会の構成国であったソ連の代表と対立したようだ。

対日理事会は、1946年4月1日、東京でその第一回会議が開かれた。マッカーサーは、その会議の冒頭で、次のように述べたそうである。すでに3月5日、現在の日本国憲法の原案である「憲法改正草案要綱」が決定されており、ワシントンでの極東委員会に既成事実として提示されていた。

「ここに提案された新憲法の全条文が重要であり、個々にまた集合的にポツダム宣言に表明された目的に通ずるものですが、私は、とくに戦争放棄に関する条項に言及したいと思います。

このような戦争放棄は、ある意味では、日本の潜在的な戦争遂行能力破壊の論理的帰結ですが、国際的領域において武力に訴える主権を引き渡すという点で、それ以上の価値を有します。

それによって日本国は、正義、寛容および普遍的な社会的、政治的 道徳の実効的法則によって支配される国際社会への信頼を宣言し、かつその国家の統合性をそのような社会に委ねたのです。

皮肉屋には、このような行動を幻想的理想に対する子どもじみた信念を表明したとしか映らないでしょうが、現実主義者は、そのなかにより深い意義を見いだすことでしょう。

日本国政府―――今や国家政策の手段として遂行した戦争が完全に失敗したことを知る理由を有する国民を支配していた政府―――の提案は、実際、人類の発展にとってさらに一歩を踏み出したことを認識せしめます。

すなわちそのもとで諸国は、戦争に対する相互の防衛のために、国際的、社会的、 政治的道徳のより高次な法則を発展させていくでしょう。

世界が諸国間の関係にさらに一歩を押し進める用意があるか、あるいは別の全面破壊戦争―――ほとんど皆殺しになる戦争―――が遂行されなければならないのかは、こんにち全国民が直面している重大問題であります。

私は、それゆえ戦争放棄という日本国の提案を世界の全国民の思慮深い検討に委ねたい。

国際連合機構は、まさに日本国が一方的にこの憲法を通じて達成しようとしていること―――主権の行使としての戦争廃止――をすべての諸国に実現させてのみ、その目的を達成できるのです。そのような戦争放棄は、同時的かつ普遍的でなければなりません。」
(http://repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/16923/kh06-02.pdfより)

以上のマッカーサー・スピーチにおいて、確認すべきは以下の諸点である。

①戦争放棄は、連合国による日本の潜在的な戦争遂行能力破壊の論理的帰結である。すなわち、「戦争放棄=武力に訴える主権」の放棄は、連合国によって日本の戦争遂行能力が破壊された結果、成立した事態である。

②日本は、戦争放棄によって、つまり武力を行使する主権の放棄によって、国際社会への信頼を宣言し、国家的統合性を国際社会に委ねることになる。すなわち、戦争放棄は、国際社会への日本のを信頼を意味し、国際社会によって日本が統一的国家として存立できることを意味する。

③戦争放棄は、幻想的理想への子どもじみた信念のように見える。

④しかし、そこには深い意義がある。すなわち、世界の諸国は、「戦争に対する相互の防衛のために」、国際的、社会的、 政治的道徳のより高次な法則を発展させていくということ。

⑤諸国間の関係がさらに押し進められることができるか、あるいは別の全面破壊戦争、つまりほとんど皆殺しになる戦争が遂行されなければならないのかは、今日、世界が直面している重大問題である。

⑥国際連合は、まさに日本が一方的にこの憲法を通じて達成しようとしていること、すなわち主権の行使としての戦争の廃止を、すべての諸国に実現させてのみ、その目的を達成できる。

⑦世界各国が戦争を放棄するのは、同時的かつ普遍的でなければならない。

たしかに、以上のマッカーサーのスピーチのなかの「日本は、国際社会への信頼を宣言し、国家的統合性を国際社会に委ねた」というくだりは、気になる部分である。日本の国家的統一性と独立が国際社会に委ねられると、解することができるのだから。

ところで、理想を語る言葉は、人を陶酔させやすいものだ。しかも、理想に酔う人間は、それが直ちに現実化できるかのように考えて、理想に殉じようとしがちである。

しかしそれにもかかわらず、結論を先に言うと、私は、第2章第9条は、変更せずに維持すべきであると考える。それが、世界中で一国も追随しない空想的理想の表現であっても、またそれが、後述するように偽善的な条項であっても、私は、保持すべきだと考える。

私は、第9条が、安全保障のもっとも効果的な方策であると考えるからではない。

たしかに、武力完全放棄は、安全保障の手段としては空想的であり、かえって危険であるという説がある。脅威となる外国と話し合うにしても、相手が侵略を思いとどまらせるだけの自衛力をそなえて、話し合いに臨むべきだと説く者もいる。

他方、以下で言及するが、かつての吉田茂首相のように、日本が防衛のためであろうと、戦力をもつと、戦争を惹起し、かえって危険であるから、戦力を完全に放棄するべきだという説がある。この場合、日本が戦力をもつと、国防という名目で日本が戦争を仕掛けるのだろうか、あるいは、相手国に日本から攻撃されると思わせてしまい、相手国から先制攻撃されてしまうのだろうか。その点は明確でなくても、いずれにせよ、まず話し合って相手の立場を尊重してやれば大丈夫だということなのだろう。

ところで、第9条の戦争放棄と戦力の不保持は、マッカサー自身が言い出して、あたかも日本の自発的な主張であるかのように見せかけたという説と、時の首相、幣原喜重郎がマッカーサーに提案したという説がある。後者の説は、マッカーサー自身の『回想記』などによっている。

さらに、日本は、戦争放棄と戦力の不保持を憲法に入れることで、アメリカの戦争への戦力供出要求を拒否することができ、かつアメリカに日本の防衛をさせ、こうして再軍備の費用を浮かせて経済再建に専念できた、という説がある。

幣原の後を継いだ吉田茂なら、そう考えただろうが、幣原も、こう考えて、1946年1月24日に、マッカーサーとの会談で戦争放棄と戦力の不保持を提言したのだろうか。

たとえそれが幣原の発案であったとしても、マッカーサーの指揮のもとに第9条を含む日本国憲法が成立したのだから、第9条の発案者が誰であったかは、今ではどうでもよい問題である。

真の問題は、できあがった日本国憲法第2章の題名「戦争の放棄」の意味と、第2章の内容としての第9条の二つの条項の意味にある。

それにしても、この「戦争の放棄」という日本語の表現は曖昧である。

1946年6月28日の、衆議院での共産党の野坂参三の質疑と首相吉田茂の答弁は、いわゆる吉田・野坂論争として、よく知られている。

野坂は、戦争放棄の条文に関して、2種類の戦争を区別した。正しい戦争と、不正な戦争。日本が満州事変以降に起した戦争は侵略戦争で、不正な戦争である。連合国の戦争は、防衛戦争であり正しい戦争である。したがって野坂は、たんなる戦争の放棄ではなく、侵略戦争の放棄とするべきだと主張した。

それに対して、吉田は、防衛戦争を正当なものとして認めるのは有害であると答える。近年の戦争の多くは、国防の名のもとに行われたのは事実である。防衛権を正当化することが、戦争を誘発する。したがって、野坂の主張は、有害無益である、と。

たしかに、一時、大学総長としてヒトラーに協力したあのハイデガー、すなわち日本人に崇拝者の多いドイツの哲学者ハイデガーは、『ドイツ的大学の自己主張』において、学生の務めと奉仕を次のように説明した。「民族共同体への献身。国防奉仕。国家への知的奉仕。」

ハイデガーは、第一次世界大戦後のドイツにとっては、国防の必要性があると認識していた。しかも、ハイデガーにとっては、ヒトラーが始める戦争も国防のための戦争であった。

さて、日本国憲法第9条を理解するためにその英文を参照しなければならないのは、日本人としては悲しいが、ともかく内閣官房や法務省のサイトで公表されている英文日本国憲法(日本国憲法の公式な英語版)にそくして、第2章第9条を考えてみよう。

和文日本国憲法よりも、英文日本国憲法のほうが権威があるというわけではないにしても。和文日本国憲法は、英文日本国憲法の翻訳として読めるからである。

「戦争の放棄」に相当する英文は、《 RENUNCIATION OF WAR 》である。「戦争」は、もちろん《WAR》に相当する。

放棄されるべきこの《WAR》は、第三者的な視点から見た「国家間の戦争」というより、「他国に対する自国の戦い」を意味するだろう。それは、「放棄」に相当する《 RENUNCIATION 》という英語からわかる。

《 RENUNCIATION 》は「(権利などを公式に)放棄すること」、「(欲望などを)捨てること」などを意味する。したがって、「戦争の放棄」とは、英文には、「権利としての交戦権を放棄すること」あるいは「戦争する欲望を捨てること」という意味合いがる。

だからこそ、第二章「戦争の放棄」の内容である第9条は、「国の交戦権は、これを認めない」で締めくくられている。

そこで、第9条の和文と、それがもとづいている英文を比較してみよう。ともに、悪文と言ってよい。

和文:「①日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
   ②前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」

英文:《 ①Aspiring sincerely to an international peace based on justice and order, the Japanese people forever renounce war as a sovereign right of the nation and the threat or use of force as means of settling international disputes.

②In order to accomplish the aim of the preceding paragraph, land, sea, and air forces, as well as other war potential will never be maintained. The right of belligerency of the state will not be recognized.》

さて、日本国憲法が現在の形にまとまるまでの紆余曲折について、すでに多くの優れた歴史的研究が発表されているが、ここでは英文と和文の言語上の対応関係だけを見ていこう。

たとえば、英文①における《Aspiring sincerely to an international peace based on justice and order、》と、英文②における《In order to accomplish the aim of the preceding paragraph,》の部分は、GHQ原案への日本側による追加と言われている。

道理で、特に②の英文が悪文であるわけだ。本文が受動態で書かれているのに、In order to accomplish(達するため)は能動的な意味を持つ。accomplish(達する)という英語動詞が意味する能動的な行為の主体が不明確である。私の語感からすれば、この②の受動態の本文は命令文に近い。

まず、英文①(第9条第1項)の私の直訳を示す。「日本国民は、正義と秩序にもとづく国際平和を心から切望するので、国際紛争を解決する手段としての、《国家の主権としての戦争と武力による威嚇または武力の行使を》永久に放棄する。」

文意をはっきりさせるため、《》を入れて訳してみた。なぜなら「として(as)」が2回出てきて、修飾関係が曖昧な英文であるからだ。

要するに、「国家の主権としての(as)戦争(条文では「国権の発動たる戦争」)、および「武力による威嚇または武力の行使」を、「国際紛争を解決する手段としては(as)」放棄する、ということだ。

この訳が正しいとすると、あくまでも、「国家の主権としての戦争」と「武力による威嚇または武力の行使」とを、「国際紛争を解決する手段」である限りにおいて、放棄するということになる。

逆に言うと、「国際紛争を解決する手段」でなければ、戦争や武力による威嚇または武力の行使は、放棄する必要はないということになるだろう。

では、「国際紛争を解決する手段」ではない戦争、つまり放棄しなくてもよい戦争とは、どのような戦争だろうか。

まず、野坂参三が言う上記の「連合国の防衛戦争」、つまり「正しい戦争」が考えられる。

ところで、日本国憲法制定の原則を示したいわゆる「マッカーサー・ノート」第2原則では、「国際紛争を解決する手段として、かつ日本自身の安全を保持するためでさえも、戦争を放棄する」、となっていた。

だが、後に、この「日本自身の安全を保持するためでさえも」という部分が削除された。削除したのは、GHQのケーディス大佐だと言われている。

とすれば、マッカーサーも、2種類の戦争を区別していた、と言えるだろう。

「国際紛争を解決する手段としての戦争」と、「日本自身の安全を保持するための戦争」。

そして、日本国憲法では、結局、「国際紛争を解決する手段としての戦争」のみが放棄されることになった。

では、「日本自身の安全を保持するための戦争」も放棄され「なければならない」のだろうか。そうした放棄は義務であろうか。第9条の条文に、それを明示する文言はない。少なくとも、「日本自身の安全を保持するための戦争は禁止されていない」ことは確かである。

英文②(第9条第2項)を訳してみる。「上記の文章の目的を成就するためには、陸海空軍ならびにその他の戦争能力は決して維持されてはならない。国家の交戦権は承認されてはならない。」

《will never》、《will not》を、「ならない」と強く訳した。

「上記の文章の目的を成就するためには(条文では「前項の目的を達するため」)」=《In order to accomplish the aim of the preceding paragraph》という文言は、日本側が追加したもので、いわゆる「芦田修正」として知られている。

芦田修正の経緯についても、すでに多くの解説が世に出ているが、ともかく、芦田均(憲法改正小委員会委員長)は、第9条第2項に、「前項の目的を達するため」を挿入したのは、「無条件に戦力を保持しない」ではなく、「一定の条件の下に戦力を保持しない」にするためだと証言している。

では、「国際紛争を解決する手段」ではない戦争、たとえば「自衛のための戦争」とそのための戦力は、放棄してはいけない(保持するべき)ということか、それとも放棄しなくても放棄しても、どちらでもよいということか。

憲法の条文で、当初の「マッカーサー・ノート」第2原則のように、「自国の安全を保持するためでさえも、防衛力を放棄し、戦争を放棄する」とはっきり規定しておけば、自衛隊は合法化されなかっただろう。

けれども、そのように規定しておけば、日本は自衛隊をもたなかっただろうか。

だが、人間の自己保存の本能は、権利であるよりも前に、理屈や法律で抑えられない人間本性である。

たとえ、第9条が「マッカーサー・ノート」第2原則のまま、「自国の安全を保持するためでさえも、防衛力を放棄し、戦争を放棄する」と憲法に書いたとしても、日本人が外国からの侵攻の差し迫った危機を感じたときは、防衛の戦力を求めるだろう。

だから、この防衛本能を、たんに抑えつけないこと、ヒステリックな状態に高めないこと、うまくコントロールすることが必要だろう。

すでに、日本国民は、自衛隊と個別的自衛権の合憲性を認めていると言えるからである。

では、集団的自衛権はどうか。

たしかに、集団的自衛権も国連憲章で認められている。

上記の吉田・野坂論争でも、野坂は、第二次世界大戦における連合国の戦争は正しい戦争としている。

連合国の戦争は、まさに集団的自衛権にもとづいた戦争であろう。

太平洋戦争において、日本の軍隊は、集団的自衛権にもとづく連合国の攻撃によって、壊滅させられたのであった。

マーカーサーは、対日理事会の第一回会議で、世界各国は、「戦争に対する相互の防衛のために」、国際的、社会的、 政治的道徳のより高次な法則を発展させていくべきだ、と述べ、集団的自衛権を正当化している。

同時に、「世界各国が戦争を放棄するのは、同時的かつ普遍的でなければならない」、とも述べている。

こうした戦争放棄は、結局、世界各国の同時的かつ普遍的な放棄という不可能な目標を目指している。そして、それまでは、つまり不可能な目標の実現までは、集団的自衛の戦争の必要性を含意している。

したがって、今のところ、世界各国が戦争を同時的かつ普遍的に放棄するというのは、実現不可能であるから、世界各国は、侵略に対して集団的に防衛しなければならないと言うことができるだろう。 

だから私は、第9条は偽善的な条項であると言った。第9条は、たとえ日本人がマッカーサーに提案したものであろうと、マッカーサーによって認可された条項である。

マッカーサーは、日本の戦争放棄がアメリカの覇権にとって好都合であり、好都合だからこそ、日本人によって言い出された理想だということにして、戦争放棄を認可したと、推測したくなる。

戦後長いこと、アメリカとソ連という2大覇権追求国の押し合う線が、日本の北方に引かれていた。

しばらくして、ソ連が自己崩壊してロシアとなり、その後、覇権争いに中国が加わって、日本の近辺に、3大覇権追求国がぶつかり合う複雑な線が引かれるようになった。

それでもなお。日本の政治権力は、長きにわたって、ポツダム宣言の精神を受け入れてきた。つまりアメリカの覇権のもとに安住してきた。国民の大多数も、一貫してアメリカの覇権の内部で生きることを選んできたと言えるだろう。少なくとも最近までは、そうであった。

繰り返すが、問題は、集団的自衛権にある。国会ではこの案件は通っているが、今夏の総選挙で、国民自身による審判が下る。

与党が参院で3分の2の議員を獲得すれば、国民は集団的自衛権を認めたことになる。もしそうなったとしたら、憲法学者たちが、集団的自衛権の違憲性を理論的に展開したところで、国民は、事実上、集団的自衛権を合憲と認めたことになる。

そのとき、憲法の法的安定性が損なわれると、憲法学者が学者言葉で批判しても、もはや、第9条を変更あるいは削除する必要はなくなってしまう。

しかし、その場合、武力行使の新3要件の「必要最小限度の実力を行使する」という規定があっても、実際に戦闘が始まってしまったら、現場でも、官邸でも、どこまでが必要最小限度なのかを考える余裕はないだろう。まず負けてはならないからだ。

また、3月29日に施行された安全保障関連法によれば、日本と連携して活動する外国の軍隊を自衛隊が守ることが可能になり、日本周辺に限らず、外国の軍隊のための後方支援が可能になる。

しかし、実際に戦闘が始まってしまったら、軍事活動における日本と同盟国アメリカ等のその都度の具体的な連携が正当であるかどうかを吟味する余裕はないだろう。

つまり、安全保障関連法を言葉のうえでどれだけ精密に規定したところで、政府は、戦闘の最中に、自衛隊の行動が安全保障関連法に正確に合致しているかを検討する余裕はないということだ。

つまり、安全保障関連法が戦争を開始させないという保障はないわけだ。

さらにまた、日本から遠く離れたところで、たとえば奇奇怪怪な「アメリカおよび有志連合の対IS戦闘」で、アメリカが日本に後方支援や武力行使を要請したら日本は断れるだろうか。

しかも、ロシアや中国と同様に、アメリカは自国の利害と覇権を最優先する国家である。だから、アメリカがたとえば中国と対立を深めているようであっても、いつ豹変するかわからない。

はしごを外されてバカを見ることのないように気を配るぐらいの賢明さをもつ政治家が、日本にもいるとは思うが。

だから、国民は、政府と現場の自衛隊がうまくやってくれることを期待するほかはない。

ところが、福島第一原子力発電所で津波被害を予想できなかったのではなく、しなかったため、つまり無視したために電源喪失という致命的な事故を招いたこと、その後の政府の取り組みのお粗末さ、責任追及の欠如を見ると、太平洋戦争での日本政府と軍部官僚の無責任ぶりが思い起こされ、私たちは不安になる。

結局、問題は、国民が、一般に政府の言動を信用できるかどうかにある。

今夏の総選挙で根本的問われるのは、この政府は責任を取る政府なのか、賢明な政府なのか、でなければならないだろう。

私は、憲法第1章第1条(象徴天皇)と第2章第9条(戦争の放棄)は変更せずにそのまま維持すべきだと考える。

それは、天皇の象徴性と戦争抑止の問題を国民が繰り返し考えるため、そして敗戦の意味を今後も考え続けるためである。これは、いわゆる「自虐的」な自己批判ではない。

尊大な態度で日本人のプライドを説くようでいて、実は父の威を借りるために、父なる者をつくり、その父を利用しようとする狐たちがいる。こんな狐たちが権力を振りかざすことのないようにと、私は願うからである。

そればかりでなく、「同時的かつ普遍的な戦争放棄という幻想的理想」と、「国民主権国としての日本」を、敢えて世界に向けて言い続けるためである。

なお、天皇の象徴性については、このブログで、折に触れて論じる予定である。

ヘレン・ミアーズ、 そしてジョン・ダワー

(昨年長い入院生活を送り、その後自宅で、心身の回復を待っていた。冬の間は無理せず、もっぱらリハビリに励み、暖かくなって、やっと体力が戻ってきたので、また西洋思想ノイローゼも癒えたので、ブログ記事の執筆に専念できると思う。今後は、もっぱらドゥルーズに注釈をつけていくつもりだ。ラカンの「〈盗まれた手紙〉についてのセミナー」の改訳と注釈は、今年の秋、その前半を法政大学の公的な雑誌に掲載し、その後で、このブログに再録する予定である。ハイデガーに関しては、ドゥルーズとラカンにおける「エス」の観念をある程度まで明確にできてから、この「エス」を視点にして、ハイデガーの『存在と時間』に取り組むつもりである。)

  *ヘレン・ミアーズ、そしてジョン・ダワー


ヘレン・ミアーズの著書《 MIRROR FOR AMERICANS :JAPAN 》(1948、題名を直訳すると『アメリカ人たちにとっての鏡:日本』)が終戦直後に、アメリカで出版された。

これは、アメリカの日本占領終了の直後、まず中岡宏夫と原百代の共訳によって、1952年、雑誌『文芸春秋』(昭和27年7月号)に、「無敵サムライとアメリカの良心」という題名でその抄訳が発表された。

そして1953年(昭和28年)6月に文芸春秋新社から、『アメリカの反省』という題名で原百代によるその全訳が出版された。日本占領中は、マッカーサーが翻訳出版を許可しなかった本である。

マッカーサーによって危険視されたこの書の翻訳が世に出ても、当時の日本では大きな反響を呼ぶことはなかったようだ。

私は、ヘレン・ミアーズと原百代という、素朴な、しかも素朴すぎる正義感をもち勇気をもそなえた二人の女性に敬意を捧げる意味で、このブログの記事の後半で原百代の「訳者あとがき」の全文を再録しよう。

さて、この書は、原が翻訳してから、およそ半世紀たって、伊藤延司の訳によって再び世に現れた。『アメリカの鏡・日本』(19995年7月、メディアファクトリー)。

この書の翻訳を伊藤に依頼したのは、実業家の白子英城であったが、そのとき二人とも、原の翻訳がすでに存在するのを知らなかったようだ。この翻訳の刊行は、大きな反響を呼んだ。

 そして、これに呼応するかのように、翌年、御厨貴と小塩和人の『忘れられた日米関係―――ヘレン・ミアーズの問い』(1996年八月、筑摩書房)が現れた。

御厨と小塩の目的は、ミアーズの『アメリカの鏡・日本』を分析し評価するというより、むしろ彼女の人物像を描こうとするところにある。彼らは、この訳書が、日本で「いわゆる東京裁判史観のアンチテーゼ」として利用されるのを危惧したのかもしれない。

彼らは、ミアーズを「何でも見てやろうというアメリカ的若者」として描こうとしている。そして、彼女が政治的な発言をするようになったのは時代のせいであるかのような解釈をしている。そのために、彼らは、『アメリカの鏡・日本』以前にミアーズが書いた本を参考にして、ミアーズの人物像を描こうとする。

その著書は《 YEAR OF THE WILD BOAR 》(1942)である。

御厨と小塩は、この書を『野猪の年』と訳して、その内容を紹介している。

しかも、この書は、ジョン・エンブリーの『須恵村』(邦訳あり)を髣髴させるものだという。彼らによれば、『須恵村』は、「そのほとんどは日常的風景の淡々とした描写」であり、「取り上げているのは徹底して日本人の何気ない日常生活」である。そして「エンブリーとミアーズの視点には、不思議なほど共通しているものがある」とされている。
 
 まず、《 YEAR OF THE WILD BOAR 》という題名を、御厨と小塩は『野猪の年』と訳しているが、これは不適切な訳である。「野猪」を、「のじし」と読ませようとしているのか、「やちょ」と読ませようとしているのかはわからないが、ミアーズのいう《THE WILD BOAR》は、自然の生物としての「野猪」ではない。それは12支の「亥」である(原書309ページ参照)。つまりこの書の題名は直訳すれば『いのしし年』である。

ミアーズは、この書のなかで、「政治的な問題に関する私のもっとも満足のいく教師である」サトーなる日本人に、こう言わせている。

「一二個の年は、それぞれ、ひとつの象徴の名前がついていて、一つの周期をなしている。今年(ミアーズが日本に滞在した年、つまり1935年……財津)、すなわちいのしし年は、そのような周期を締めくくります。」

そして「今年はいのしし年です。ひとつの周期の最後の年です・・・それもわが国の危機の一周期の最後の年です。」「この周期の間に、我々は、満州国という傀儡国を創設しました。そして、国際連盟を脱退しました。」「物事を考えない日本人でも、次の周期が引き起こすかもしれないことに恐れおののかざるを得ません。……いのししは危険な象徴です。・・・宇佐八幡は、戦争の神であり、いのししに乗ります。」

次に、ミアーズの『いのしし年 YEAR OF THE WILD BOAR 』の目次を訳出しておこう。()内は財津による補いである。

「目次  
はじめに
1、東京紹介
2、最初の日々
3、モダンな日本(Modan Japan)
4、日本―――モダンと古代の
5、北海道での休暇
6、神々の国
7、神々の道(神道、かんながらのみち)
8、女神の剣(くさなぎのつるぎ)
9、グッバイ、アキコ
結び」

 「8、女神の剣(くさなぎのつるぎ)」の章の扉ページには二人の日本人の著作から短い引用がなされている。ひとつは《 Tales from the Kojiki, by Yaichiro Isobe 》、もうひとつは《 Japanese Idealism, by Kishio Satomi》。 前者は、日本語名『古事記物語』で、著者は英文学者の磯部弥一郎だろう。後者は、《Discovery of Japanese idealism》の著者で、右翼思想家の里美岸雄かもしれない。

さらにサトーの話を聞いてみよう。「我々は有色人種です―――工業化を果した白色人種によって、全地上で支配されてしまったもろもろの人民のひとつです。我々は、独立した民族として生存するために、工業力と軍事力を発達させなければならなかった。我々は十分に西洋化して、西洋の強国に、我々だって近代的な民族であるということを納得させなければならなかった。我々は、十分に工業化して、有力な民族にならなければならなかった。それと同時に、我々は、自分たちの古来の経済的慣習と自分たちの社会的統制を保たねばならなかった。我々は西洋列強と融和をはからなければならなかった。我々はまた、十分強くなって、我々の独立を保障し維持しなければならなかった。そして我々は、やむを得ず、近隣アジアとの関係を断ち切らなければならなかった。以上のようなパラドックスと問題が、我々の近代という時代を通して基礎にあり続けたのです。我々の危機は、そうしたパラドックスと問題との結果なのです。」

 ミアーズは、『いのしし年』で、1933年の国際連盟離脱についての天皇の詔書と、神兵隊のクーデター未遂事件を取りあげ、「この国は、1933年以来、公然たる危機の状態にあったが、それよりずっと前から、高度に危機的な状態にあった」、「この文明のリーダーたちは、不安にとりつかれてヒステリックになっていた」、と語る。

こうしてみると、彼女が1935年に訪日したのは、たんに何でも見たかったからではなく、それ以前に短期間滞在した日本が、満州事変勃発と国際連盟脱退によってどのような状態になっているのかを、日本市民との交流を通じて見たかったからであろう。それも日本とアメリカを心配して。さらには、好戦的な日本民族というアメリカ人の偏見を正すために。


 日本人に、忘れられたミアーズの《 MIRROR FOR AMERICANS :JAPAN, 1948(アメリカ人たちにとっての鏡:日本) 》を再認識させてくれたのは、1995年発行の伊藤延司訳『アメリカの鏡・日本』(発行アイネックス、発売メディアファクトリー)である。

しかし、そのとっぱじめに紹介者、白子英城の「日本語版の刊行にあたって」という「まえがき」を掲げている。ミアーズの原書では、ジョン・クィンシー・アダムズ(アメリカ国務長官、モンロー主義の起草者、後に第六代大統領)が1821年の独立記念日(7月4日)に、対外政策に関して下院でおこなった演説の一部が、冒頭に置かれ、それに続けてミアーズ自身の序言が置かれている。

この演説でジョン・クィンシー・アダムズは、「平等の自由、平等の正義、平等の権利」というアメリカの理念をうたい上げ、後半でモンロー主義の精神を説いている。ミアーズは、アダムズが述べたアメリカ対外政策の原則にもとづいて、ルーズベルト政権の日本観と、日本占領のやり方を批判しているのである。

ところが、このアダムズの演説を、白子は自分の「まえがき」での自分の文章の中に入れ、ミアーズ自身の序言もその中に含めている。彼は自分のまえがきの中で、このミアーズの本の読み方を教えようとしている。

 白子はこう語っている。「終戦50年のいま、われわれ日本人は、現代の歴史を日本中心の観点だけでなく、アジア、ヨーロッパ、アメリカを同じ時間帯で見すえるグローバルな視点から、なぜそうなったのか、をもう一度考え、議論し、そして、現代史を総括しなければならないと思う。それによって、われわれ日本人が、過去にやってきたことで、何が悪かったのか、何が間違っていたのか、何が正しかったのかをしっかりと理解しなければならない。悪かったこと、間違ったことは心の底から反省し、謝罪しなければならない。同時に正しかったこと、間違っていなかったことは、正々堂々と主張し、理解されるよう努力しなければならない。そうすることによって、日本のアイデンティティーが確立され、国際社会から信頼されるようになるのではないか。」

 以上のような文章は、これまでマスメディアや評論家たちの言説にもよく見られるような、表面的には納得のいくものである。しかし、その文章をつくっている美しい言葉の羅列は、具体的な状況を指し示してはいず、結局、抽象的なお説教に終わっている。先ほど述べたことだが、御厨らがおそらく危惧したように、白子もまた、このミアーズの本が、単純なアンチ東京裁判史観に利用されないよう配慮したのかもしれない。

白子と伊藤がミアーズの『アメリカの鏡・日本』を日本で復活させた功績は認めなければならないが、しかし、以上のような白子の信念は、ミアーズのスタンス・考えとは程遠いものだ。

ミアーズはこの本で、日本あるいはアメリカの「謝罪」の必要性を主張しているのではない。彼女は、祖国アメリカに対して、平和維持への「世界最強国アメリカ」の責任と、アジアに関する対外政策においてアジアの現実を考慮に入れる必要を説いているのだ。

彼女は、以前(1935年)日本に滞在し、民衆やインテリ市民の行動を観察し、彼らの考えに耳を傾けて、『いのしし年』を出版した。

今度は(1946年)GHQの労働諮問委員会のメンバーとして来日して、日本の官僚や、女性労働運動家や、女性労働者たちと会い、日本の女性労働者たちのために奮闘し(豊田真穂『占領下の女性労働改革』を読まれたい)、その後帰国して、《 MIRROR FOR AMERICANS :JAPAN, 1948(アメリカ人たちにとっての鏡:日本) 》を書いた。

そして、ミアーズは、現場を知らないであろう権力者たちのトップダウンのやり方を手厳しく批判し、アメリカの将来のアジア政策のために提言をしようとしたのである。

この伊藤延司訳『アメリカの鏡・日本』はその後、絶版になっていたが、、2015年に『アメリカの鏡・日本 完全版』(角川ソフィア文庫)として復活した。

この「完全版」では、やはり白子英城のまえがき(「完全版刊行にあたって」)が冒頭に置かれているが、ジョン・クィンシー・アダムズの演説の文章と、ミアーズ自身の序言は、原書での位置に戻されている。

そして、まえがき(「完全版刊行にあたって」)のなかで、最初の訳者である原百代が紹介されている。しかも、ミアーズの上記の著書《 YEAR OF THE WILD BOAR 》にも言及があり、その題名は『野猪の年』ではなく、『亥年』と正しく訳されている。

ところが、原百代の翻訳出版の不許可に関して、白子はこう述べている。「GHQによる検閲の影響が続いていたとは言え、(原百代の翻訳の)出版不許可は当然の決定であったと推測できる。」彼は、「当然」という言葉で、今度は、何を言わんとしたのだろうか。

ミアーズの原書(《MIRROR FOR AMERICANS :JAPAN, 1948(アメリカ人たちにとっての鏡:日本)》)が、題名を除いて、最初に忠実に翻訳されたのは、原百代によってである(『アメリカの反省』)。

もちろん訳文は、伊藤のものも立派であり、原のものより読みやすいと言えよう。原の訳文は、いっそう原文の構造に忠実であり、やや硬いけれども味がある。

そこでまず、原百代の訳(『アメリカの反省』)のなかで訳されたミアーズの序言の後半の文章を、少し修正して再録しよう。

「日本人がその歴史や文化について考えていることを我々が知り、また彼らが何故戦争を始めたかを知ることによって、他のアジア諸国や、優勢な国際間の無秩序状態のもとで近代化した他の「後進」地域に、将来、何を期待すべきかに関して価値あることを学ぶことができる。最後に、日本が重要なのは、その日本が第一次世界大戦においては「敵国」ではなく「同盟国」であったからである。なぜひとつの国家が、短い期間に「友」から「敵」に変わったのか、これが理解できれば、他の国民の目に映る我々自身の姿勢と政策について、価値あることを学ぶことになるだろう。この本は、少なくともそのような探求を始める一つの試みである。」

しかし、上に述べたが、『アメリカの反省』出版の前に、原は中岡との共訳で、雑誌『文芸春秋』(昭和27年7月号)にその一部を、要約しながら発表している。原書の「第一章6 戦争犯罪とは何か」から始めている。

「マレーの虎」なる山下将軍が、戦犯として、マニラで絞首刑に処されたこと。そして将軍山下奉文は、「軍服や勲章や、その他軍務に服するものであることを示す付属物一切を剥ぎ取られて」、たんに軍職を汚した人間として吊るされたこと。要するに、アメリカは、山下をたんなる犯罪者として処刑し、最高の侮辱を彼に加えたということだ。

ミアーズは、これを正当な処刑として提示しているのではなく、戦犯問題の難しさ、そしてアメリカによる処刑の不当性の例として取りあげている。何よりも、欧米の帝国主義は不問にして日本の帝国主義を罰しようとするアメリカの態度に、ミアーズは警鐘を鳴らしている。

このミアーズの態度に呼応するかのように、『文芸春秋』(昭和27年7月号)の編集後記で、今日出海の『悲劇の将軍』が紹介されている。アメリカの占領終了直後から、日本の名誉回復の動きが活発化していたことがわかる。

さらに、原と中岡は、マーシャル諸島のクェゼリン環礁でのアメリカ兵の残虐さと略奪に関するミアーズの記述を訳している。しかし、ミアーズがクェゼリン環礁での戦いを取りあげたのは、両軍の戦闘で犠牲になるのはつねに無辜の土着民であるからだ。そしてミアーズは、マーシャル島民の統治においてアメリカのやり方が日本のやり方よりも優れているとは断言できないと語っている。

ミアーズは、米軍のワインダー中佐という人物の報告を取りあげている。「日本人の土着民との接触は何ら気まずい結果を生じなかった……日本人は土着民労務者を、罵ったり、蹴ったりしたので、その点は怨まれていた。だが、全体として、彼らの取扱いは良好で、8歳から11歳までの児童に、義務教育を施すこと以外は、土着民の風俗習慣に、干渉しようとはしなかった。すべての所有物は、首長に属すという、マーシャルの部落財産制度を、日本人は破棄しようとした。当然、これは島の上層階級には、受けなかったが、平民は悉く、これに賛成だった。」

その他、原爆使用は不必要だったこと、東京爆撃をはじめとして、アメリカ軍は、日本軍に対してではなく、日本の民衆に対して、攻撃を遂行したことなどが訳されている。

私は戦後生まれで、山下将軍と言われても何のイメージも浮かばないが、山下処刑の報告や、原爆投下、東京爆撃の写真を見たり、その報告文を読むと、アメリカやマッカーサーに対する怒りのような感情が湧いてくる。この感情は、敗戦直後に日本に降り立ったマッカーサーを迎えた日本の大衆の感情とは異なるだろう。

また、上記のワインダー中佐の報告を読むと、やっぱり日本人はいいこともしていたのだなと思って、ほっとする(もちろん、日本式教育によって現地の言語が変化するという問題はあるにしても)。そして、私の共感が、あたかも自分の家族に向かうように、山下将軍や日本兵士たちに向かう。

私のように戦争の記憶はまったくない現代の日本人でも、70年以上前に命を懸けて戦った日本人たちが汚名を着させられて処刑されたことや、日本の民衆が虐殺されたことについて、日本人の定義がわからなくても、想像力が一気にふくれ上がり、同時に怒りの感情に襲われる可能性があるということだ。

そして、自分を日本人と思っている人間は、大東亜戦争は、侵略戦争だったのではなく、日本自身の自衛の戦争、しかも白人帝国主義からアジアを解放する有色人種による戦争だったと思いたくなる。こうして、ふだんは考えもしない「日本」を思うようになる。

ドゥルーズは、ヒューム哲学の「共感(愛という一種の感情)」の概念を論じている。このドゥルーズ/ヒュームの思想を、私の観点から、ここで少し展開してみよう。

ドゥルーズ/ヒュームによれば、人間は、本来は利己主義者ではなく、共感者である。自分の子供を愛さない親がどこにいようか。(ただし、最近の日本における幼児や子供に対する虐待の深刻さは限度を越えており、行政の対応の不十分さは目に余るものがあるが、その話はいまは脇に置いておこう。)さて、共感は自分にとって近い者に向けられるという意味で偏っている。人間は自分の子どもの親であっても、他の子供に対しては他人である。

家族はなるほど社会の単位であるのだが、諸家族の集合は、そのままでは家族的集合つまり大きな家族ではない。だから、共感が及ぶ社会が成立するためには、近い者に向かう共感を遠い者にまで拡張する必要がある。共感が拡張されたとき、会話が可能になって、暴力に取って代わることができるからだ。

ではこの共感は、どのようにして拡張されうるのだろうか。共感は、想像力とともに、時間的空間的に遠い者にまで拡張されうる。想像力は言葉の影響の下にイメージや象徴をつくり、イメージや象徴を通して「想定された実在」にまで共感を運んでいく。共感はイメージや象徴を介して遠いものにまで拡張されるのだ。ところが、イメージあるいは象徴には、様々な感情や価値観が混じりこむ。

想像力は本来、冷静な理性(高次の批判的理性)のくびきを脱する傾向もっている。そして、時間的に離れた過去の出来事に向かえば向かうほど膨張しやすくなる。だから、想像力が理性によって制御されなくなるとき、共感の拡張も不当になりうる。

その上、生活の場面で働く裡性(計算する理性)は、感情や欲望によって活性化されるので、感情と欲望にとりつかれた理性は、おのれの冷静さを失い、想像力の協力者になる。抽象的な美しい言葉が、さらに理性を陶酔させて、これに拍車をかける。理性が、冷静さを失い、批判的理性ではなくなり、興奮し陶酔した理性になるとき、気ままな想像力と一緒になって、共感をとんでもないところまで運んでいく。人間は、感情と想像力と理性の複雑なシステムのなかで狂う可能性があるということだ。理性が、とりわけ、共感という感情ばかりでなく、憎悪、不安という感情にとりつかれたときに。

ミアーズの『アメリカの鏡・日本』は、たしかに、いわゆる東京裁判史観を、すなわち戦前の日本の軍事活動はまったくの侵略行為であり道徳的に悪であったという見方をくつがえす論拠になりうる。

いわゆる東京裁判には、法的な正当性がないことも確かである。だから、東京裁判史観は、日本人の反米感情をかき立てる。おそらくこれを憂慮して、中岡と原は、当時、文芸春秋における抄訳の冒頭に、以下の文章を掲げたのだろう。

「こういう書物が公然と発表できるアメリカの自由主義こそ、我々の最も学ばねばならない美点であり強みであると思う。この一事を以ってしても、言論の自由がアメリカに存在することは明瞭であり、アメリカの良心に我々は帽子をぬがずにいられないのである。」


さて、1953年(昭和28年)6月20日発行の原百代訳『アメリカの反省』の「訳者あとがき」の全文を、訳者への敬意を込めてここに再録する。原百代、1912~1991、主著『武則天』

「 譯者あとがき

 この書(“Mirror for Americans :Japan”アメリカ人の鏡、日本)の訳稿の最後の筆を擱いた今、さまざまな感慨が一度に群りこみ上げて来て、私は一種の胸苦しいまでの感じに包まれる。いって見れば、地下に長いこと雌伏して、おのれを養って来た蝉の幼虫が、今、初めて地上に這い出て、その殻を破った瞬間、こうも感じはしないだろうか。訳稿の筆を初めておろしたのは、一九四九年五月であった。こうしていよいよこの書が、世の読者諸氏の机上に送られる運びになるまでに、既にして、三歳有半の年月が流れた。決して、静かな、淀みない流れではなかった。決定的に堰止められたこともあった。然し水の流れは、遂に流れ出て、此処に目的地に向かうことになったのである。但し後に記すような理由により、その時期が、当然出ずべくして出る時より相当長く遅延したことは、この書の紹介者として、何よりも遺憾である。

著者ヘレン・ミアズ女史(Miss Helen Mears)は1945年に、本書の出版元であるホートン・ミフリン社(Houghton Mifflin Company in Boston)の文学賞を、戦後(戦前か……財津)の日本に関する著書で獲得した。この受賞作品を基とし、さらに多くの新しい材料を集積して、女史は新たに鋭い探求と大胆な研究を行った。その結晶が、一九四八年に初めて発表された本書である。
 本書で、著者は果して何を訴え、何を叫んでいるのか? これを説明するのに、米国の詩人にして劇作家であり、一九二六年度ピュリッツァ賞劇部門の受賞者であるジョージ・ケレィ氏の紹介文を引用してみよう。

  「過去200年間、鎖国裡に、平和を享有していた国民が、一八五三年以来、何故、1941年には世界動乱の焦点となったのか? 日本は果して、朝鮮で、満洲で、大東亜共栄圏で、何を、如何なる理由の下に、行ったのか? 日本の罪とは、果して何であり、我がアメリカの刑罰は、果して適当なものであるのか? ・・・・・果して我々アメリカ人に、日本国民の再教育ができるのか? ・・・・・かかる質問こそ、ミアズ女史の本書の根底を成すものである。・・・・・本書は、我々の征服した敵に対する我々の尊大な態度を、根底から動揺させるものである・・・・・。
著者はこの作の中でこういっている、『1853年に、我がペルリ提督は、日本の孤立政策を破壊し、その門戸を開放せしめた。以来未だ一世紀にも満たぬのに、我がマッカーサー将軍は、日本本土に入り込み、その門戸を再び閉鎖した。・・・・・いって見れば、日本は善悪ともに我がアメリカの姿を映し出す鏡ではないのか? そして、我々アメリカ国民は、己れの姿を正さずして鏡面の映像を正そうと試みているのではないか?』と・・・・・」

 なおミアズ女史をして、この書を書かしめたもの、その遠因を成すものは、女史の故郷の一つ―――女史には二つの故郷がある、一つは生地ニューヨークであり、他は母君の生地であるペンシルベニアのトワンダである―――トワンダの隣人たちである。遠い異境の異国民に対する典型的なアメリカ人的興味、と女史はいう。これに動かされて、女史は、歪曲されない外国の真実の姿を自分の眼でじかに見るべく、中国、日本、ロシア、ヨーロッパ及びジャヴァ、マレイ、スマトラ、セレベス、フィリッピンをはじめ、日本の所謂大東亜共栄圏の大部分を歴訪することになった。
 然しながら、一九二五年の最初の訪日以来、女史の関心は、主として、日米間の文化上の相違ならびにその外交関係に、置かれるようになった。戦時中、女史は、陸軍省主催の民事教育施設のため、ミシガン大学、ノースウェスタン大学等で、日本に関する講演を行った。日本降伏後、女史はGHQの労働問題顧問委員会の一員として、日本を訪れた。なおこの時の一委員としての女史の感慨は、本書の中にも納められて居り、女史の正義感、責任感から来る、同じ委員仲間に対する批判は、この書の随所に痛烈である。
 この他、この書の随所に満ち溢れるばかりの女史の高邁な卓見、真理、正義へのほとばしり出ずるばかりの愛情には、訳筆を運びながらも、私は何度、感激に打たれたか知れない。そして元来、この書は、表題の示すとおり、女史の同胞アメリカ国民への警世の書ではあるものの、女史の卓見と日本に対する大いなる理解の前には、日本国民の一人として、心から感謝すると共に、顧みて過去、現在、未来の日本の姿の種々相に思いを馳せ、反省の種の少なくないことを感じる。
 否、この書こそ、「アメリカ人の鏡」であると同時に、日本人にとっても、己が真の姿を、殊には終戦後の日本人一部のありのままの姿を、反射する明鏡にもなるのだ。この書を邦訳する所以のものは、実にまた此処に在る。本質に於いて、終戦後氾濫した「真相はこうだ」式の所謂、暴露ものと雲泥の相違があることの所以も、また此処にあるのだ。我々日本人の中に、占領中はおろか、独立後の今日に至ってもなお、決して征服者アメリカ人に対する遠慮とか、皮相的な同調からではなく、本心から、アジアへの認識をはじめとして、文化、教育、政治、百般の観念において、アメリカの、しかも正鵠を失したアメリカの対日観念を、そのまま鵜呑みにしている人々、換言すれば、アメリカ人の眼の、しかも歪んだレンズを通した、そのままの姿で、己が祖国日本を観ている人々が、数少なくない事実、しかも自他共に、敗戦後の新日本の指導者を以って任ずる所謂、文化人、知識人と称する人士の間にも、こういう人々の相当数が、現に夫々の分野に於いて、指導者として活躍している一事を思うとき、この書は正に、正に、日本国民への頂門の一針である。それと同時に、くれぐれも心すべきは、この書中の「事実」の投影像のみを集積して、以って、顧て他をいうのみの態度に出ることなく、個々の事実の根ざす「真実」の在り方、その依って以って来るところに思いを致し、厳粛な自省の下に、将来の我が道を誤らぬようにすることである。
 次にこの訳書が一九四九年に出ずべくして、何故かくは遅延したかについて、一言したい。読者諸氏の中には、既にして、この書が占領中、我々日本人には禁断の書であった事実を、ご存知の方も少なくないと思う。
 最初、著者ミアズ女史の厚意により、原著一部の寄贈を受け、私は開巻一頁から、吸い寄せられるようにむさぼり読んだ。驚いた。そしてこの国の読者諸氏に、是非とも読んでもらわねばならないと痛感した。女史の好意溢れた許可と激励の手紙を前にして、夢中で訳筆を運んだ。某発行所との間に、訳書出版の話が、忽ちにしてはかどった。これが先にもいったように、一九四九年5月のことである。当時の制約として、勿論、GHQの許可を得なければならなかった。友人二、三の忠告により、私は真心こめた長い嘆願書をしたためて、CIE(GHQ内の民間情報教育局---財津)に提出した。それには大東亜戦争中、東条軍閥内閣の下に、完全な箝口令が施かれ、国民は唯々として、ひたすら肉弾の道に進むより他致し方なかったため、最後には、国民殊に概ねの知識人の気持ちは、所謂、面従腹背の止むなきに至ったことから始めて、今、この書を一読するに及んで、かかる鋭い批判と、大局的な真実と正義への愛をそのまま叫び上げた、そして被征服国日本への大乗的な理解に満ちた書物を、自由に出版せしめるアメリカという、流石は「言論の自由」をうたう国の偉大さに、感嘆したこと、これを一読すれば、日本国民、わけても知識層は必ずや感激し、この理解の大いさと、秀でた卓見に頭を下げ、将来の真の世界平和の探求に向かって、心からの日米協力を惜しまないであろうこと、真実と事実と大なる理解の前には、凡ゆる軍事的外交的糊塗も、畢竟、無駄であること等々を、祈るような気持ちで、英文で縷々と記述したのであった。
然し結局は、無駄であった。遂には私自身、自発的にCIEを訪れ、懇願し、嘆願したのであったが……この時応接されたホィーラー氏なる役人は、始終私から目をそらしていた。誠に、困却しきった表情であった。こちらでかえって、「そんなに心配しないで下さい」、といってあげたくなるような表情だった。私の頬に熱いものが滴々と伝わって来るのを感じて、不意に私は、自分が泣いているのを覚えて、すすり上げた。そして「これ程、条理を尽して頼むのに、何故、いけないのか? いけないならいけないで、何故、不可なのか、その明確な理由を与えてはくれないのか?」というような意味のことを叫んだ。優しそうな二世らしい青年が、しきりになだめてくれた。ホィーラー氏は、とうとうくるりと後ろを向いて、「結局、どうしても、許可できないのだから、彼女は、もう帰るべき時であることを覚ってほしい」と、壁に向って呟くようにいった……。その後の嘆願に於いても、何ら条理立った不許可の理由は明示されなかった。それから間もなく、ミアズ女史とマッカーサー元帥は、太平洋をはさんで、鋭い論戦の火花を新聞、雑誌の紙上に展開したことがあった。
著者は、私の嘆きの手紙に対して、いつも「辛抱して時を待て」と、優しい激励を送って下さった。


占領は終わった。既にして三歳余の月日の波は、先の某書店を破産せしめていた。新たに文芸春秋新社の厚意で世に出るようになった。その間、原著者ミアズ女史、フランツ・J・ホーシ・エイジェンシーの方々との間に、文通しきり、遂に、その方々の努力の賜物で、去る十一月末、一切が片付き、やっとこの訳書が日の目を見る次第となったわけである。
著者ミアズ女史は、この間に、愛する母君を失われ、愛する故郷の一つなるペンシルヴェニアの、母君の遺愛の家も失われた。だが、女史はその悲しみに耐えて、現在、ニューヨークで、つぎの大作に、寸暇を惜しんで取り組んでいられる。
先に私は、この書の出版が、かくも遅延したことが、実に残念だと書いた。最初にスムーズに事が運んでいたら、……その当時はまだ、朝鮮事変も始まってはいなかった。……占領政策を通じる以外のアメリカの真の姿に、最高度にアメリカ開国精神の真髄を今に伝えた純粋にアメリカ的であり、しかも智的なアメリカの姿に、この書を通じて初めて接する日本人の数が、今頃は、相当になっていたかもしれない。目を見張る思いで、目先だけのことではなしに、もっと真摯に、日米国交問題を、根本的な姿に於いて考えようと努力する人々の数が、少なくなかったかもしれない。従って、日米間の真の提携が、もっと盛り上がって来ていたかも知れない。この点無駄に、或いは真の日米提携に取っては、いたずらに有害に、貴重な三歳有余の月日が流れ去ったことは、実に残念である。だが或る意味では、この書が今からでも刊行されることは、決して遅くはないかも知れない。何故ならば、この書に提示された問題は、未解決のまま容易に無視さるべきでもなければ、却下さるべきでもないからである。
最後に、ミアズ女史が、この書によって、具体的に示された真の愛国心のあり方について、深い敬意を感じる。敗戦の試練を経た日本でも、改めて「愛国心」の問題が討議される今日、この書に溢れる深い憂慮に包まれた大いなる愛国心の姿が、示唆するところが、大いに参考になればと私は希望する。
 ゴーゴリは彼の傑作たる「生ける魂」の中で、彼の時代、すなわち十九世紀の帝政ロシアの姿を、制御も知らず驀進するトロイカに譬え、「ロシアよ、何処へ行く?」と憂愁の叫びを挙げている。この書(『アメリカの反省』---財津)の劈頭、ミアズ女史は、精巧、巨大な軍用機の迅速な飛行になぞらえて、切々たる母心にも似た憂慮を以って、愛する国の行手を案じている。善かれ悪しかれ、日米両国は今後とも、切実な関係を持たざるを得ないことは、言をまたない。この巨大な航空機が、正確無比な点検を経て、正しい航路を安全に飛翔し続けることを、私達は切に望みたい。
 なおこの書の翻訳は、外国文学書の翻訳に従事して十数年になる私にも、正直に言って、容易ではなかった。辞書などにはない、現にアメリカで生まれ、成長している生きた言葉や表現も、数少なかった。固有名詞の訳語にも、物が物だけに、いささかの曖昧さも許さるべくはない。大いに努力したつもりではあるが、不備の点も少なくないと思う。大方の読者諸氏の御叱正を待ち、他日、更に少しでもよいものに仕上げたいと思っている。


 終始細かな心遣いの激励を与えて下さったミアズ女史をはじめ、1949年、この書の最初の刊行企画の際、種々ご尽力下さり、遂にはCIE宛てに、私のために嘆願書まで書いて下さった、今は亡きフランツ・J・ホーシ氏、今度の企画に当って、ご努力下さったホーシ未亡人はじめ、ホーシ・エイジェンシィの方々、この書の刊行を引き受けて下さった文芸春秋新社、当初から終始、私への鞭撻を惜しまず、種々激励と訳述上の指導をして下さった中岡宏夫氏、及び温かい友情の期待を抱いて下さった友人諸氏に、心からの感謝を捧げて、擱筆する。

   一九五二年一二月三十一日、 除夜の鐘を聞きつゝ
                              幡ヶ谷、桃源洞にて
                                  原  百 代  
 付記、Textは、Houghton Mifflin Companyの一九四八年版のものを使用した。」



私は、ヘレン・ミアーズと原百代を、「素朴すぎる正義感をもち勇気をもそなえた」女性と言った。
そう言ったのは、おのれの覇権を正当化し続ける必要がある覇権追求家からすれば、その覇権に従うべき弱小国家の独自の立場や正論など認めるわけにはいかないにもかかわらず、そうした覇権追求国家の政治的権力に対して、敢えて、弱小国家(日本)の立場から自分らが信じるところを唱えたからである。ミアーズはマッカーサーと新聞紙上などで論争をすることができ、原はGHQに乗り込んで不首尾に終わったにせよ談判(ネゴシエイト)することができた。

伊藤訳『アメリカの鏡・日本』(角川版)386ページから引用しよう。

「極東の歴史を日本の視点で見ると、いままでわからなかったことが明らかになってくる。この新しい視点に立つと、私たちの政策の中にある法的擬制がはっきりと見えるのだ。そして、政策立案者には、自国の政策が他国民にどのように映っているかよく見えないということがわかるのだ。」

アメリカの政策を見るミアーズは、もっぱら当時の日本の視点に立っており、この視点から、あたかも日本の母であるかのように、アメリカの政策や日本観を批判する傾向がある。

ミアーズには、当時の中国や、併合されていた韓国の視点から日本の軍事行動を批判的に見るスタンスはほとんどないと言ってよい。したがって、現在の中国共産党政府や韓国政府からすれば、ミアーズの主張はまったく承服できないものであろう。両国の対日政策は、東京裁判の正当性を前提にしているのだから。アメリカの対日政策も、日本の左翼陣営もそうだ。

さらにミアーズはこう言う。「極東の歴史を考えるとき、私たちは日中関係を強調しすぎるきらいがあった。そしてアジアの両国が依存する欧米列強と、日本および中国との関係を近くから見てこなかった。アメリカの世論は、いつも日本を中国の侵略大国としてとらえ、次には他のアジア諸国の侵略的征服者になるだろうと考えて非難してきた。米国政府が日本の政策を説明する場合も同じだった。しかし、近代日本がアジアと公式接触するとき相手にしていたのは、その国の国民ではなく政府だった。そして政府はアジア人ではなく、ヨーロッパ人かアメリカ人だった。中国では、政府は中国人だったが、外国勢力に影響されすぎていたし、「国際条約」に縛られていたから、自分の意思で日本と交渉できなかった。」

ミアーズは、日本が、アジアおいて戦った相手は欧米列強であったと主張している。そして、アメリカの世論は、いつも日本を中国に対する侵略国としてとらえ、他のアジア諸国の侵略的征服者と考えて非難してきた、と。おそらく、現在の欧米の権力者たちの日本観も、それと大きく変わらないだろう。

ルーズベルトは、日本の敗戦前後、中国を大国化しようとする戦略をとった。オバマには、当初、アメリカの太平洋覇権の維持には、日本よりも中国を頼みとする傾向が見られた。依然として、日本の外交政策は、本質的なところで日本自身で決定できない。日韓関係にしても、アメリカの戦略の影響下にある。今後、次期大統領が誰になるにしても、アメリカの損得勘定が露骨に出てくるだろう。

ところで、以上のようなミアーズの日本擁護を解毒しようとするのは、ジョン・ダワーという歴史家の『容赦なき戦争』(旧版『人種偏見―――太平洋戦争に見える日米摩擦の底流』)と『敗北を抱きしめて』であろう。

『容赦なき戦争』は、以下のような当時の欧米人の日本人観(劣等感に苦しむ民族)を出典を示さずに列挙している。

たとえば、マーガレット・ミードとその夫グレゴリー・ベートソンによれば、「日本人は自分たちの文化に対する尊敬の念を欠いており、他の人々の自尊心に接すると、いかんともしがたい劣等感を覚え侮辱されたと感ずる。」

エドガー・スノウによれば、「日本人のひときわ目立つ劣等感は、意識下で、個々の日本人が神=天皇の支配下にある個々の朝鮮人と中国人に、不幸にして精神的にも肉体的にも劣っていることに気づいている」からである。

そしてヘレン・ミアーズだが、彼女によれば、「日本人が人種的な優越についての教化や神話的な迷信を受け入れやすいのは、劣等感―――本物の強力な欧米列強と比べての経済的・軍事的な劣勢であり、西洋の科学的業績に直面しての心理的な引け目であり、欧米人が『有色人種』は劣等だと主張する屈辱―――をはね返すテクニックであった」そうだ。

ダワーは、ミアーズを、ミードやスノウのような日本人蔑視の文筆家の一人として登場させている。

ダワーは、なるほど当時のアメリカ人の日本人観は偏見であったと言いたいのかもしれないが、それは、ダワーの書を入念に読まないとわからない。この書をざっと読むアメリカ人は、おそらく、日本人への蔑視の感情をあらためて正当化あるいは強化できるだろう。

『敗北を抱きしめて』では、ミアーズは黙殺されている。それにしても、『敗北を抱きしめて』という邦訳名はうまく考えたものだ。

原題は《 EMBRACING  DEFEAT 》である。EMBRACINGを「抱きしめて」と訳したのであろう。この題名だけを読むと、この本は《敗戦をしみじみ感じて、けなげに生きていく終戦後の日本人たち》を温かく描いた作品だと早とちりする可能性がある。読者が食いつきやすい邦題である。

しかし実際は、これは、アメリカの日本占領および東京裁判の正当化の書物である。「抱きしめて」の原語《 EMBRACING 》つまり《EMBRACE》という英語の動詞は、辞書を引いていただければわかることだが、目的語(対象)が人間である場合は、「(愛情をこめて)抱く」という日本語に翻訳できる。「抱く」には、性的な含意もある。

《EMBRACE》の目的語が、思想、概念、生き方などの場合は、「(喜んで完全に)受けいれる」という日本語に変換することができる。 ダワー自身は、この英語を「身体的に抱擁する」という意味で使っていると語ってはいるが。

 しかしダワーの本がアメリカで高く評価されたことからわかるように、今日のアメリカの多くの知識人(観念に呪縛されやすいタイプの人間)も権力者も、いぜんとして、ペジョラティフな「日本人のイメージ」を通して「日本人」を見る傾向があるだろう。やはり日本人は信用できないと。

私は、これに腹を立てているわけではない。アメリカの権力者や知識人に愛されたいと思うほうが滑稽である。愛されたくて「話し合おう」とすれば、相手に軽侮の感情をもたせるだけである。要するに、なめられるだけだ。民主主義の感覚は、対等の立場でおのれの利害を考慮に入れてタフな交渉を重ねる意志に伴うものだ。愛されたいという感情は、デモクラシーの感情ではない。

 タフな交渉では、必ず相手は興奮し怒りを見せる。しかし、欧米人相手では、そこからが交渉だ。日本人は、長い歴史のなかで、目上にへつらうことで、目上から、お目こぼしや利益を得ようとする生き方を体に染み込ませてきた。アメリカ人を目上と感じる日本人は、アメリカ人とのタフな交渉は苦手である。

 私は、今後このブログで、折に触れて、ミアーズの『アメリカの鏡・日本』よりも、まだ翻訳されていない《 YEAR OF THE WILD BOAR 1942 》つまり『いのしし年』の内容を取りあげていくつもりである。

ミアーズは、昭和初期の日本はヒステリー状態あったと報告している。ミアーズは取りあげていないが、その例として、当時軍人にも大きな影響力をもっていた大ジャーナリスト徳富蘇峰の『国民小訓』を挙げることができるだろう。

私が所有している『国民小訓』は、大正14年3月23日19版のものである。これの初版の日付は大正14年2月21日である。発行後、一月半で19版を重ね、それ以降も売れ続けたはずだ。当時の大ベストセラーの本である。

その冒頭には、こう書かれている。「……開闢(かいびゃく)以来の独立帝国たる日本国に幸運あれ。これが著者の祈祷である。しかも著者の胸底には、一種の不安が蟠(わだかま)りているを告白せねばならぬことを、頗(すこぶ)る遺憾とする。著者は黒雲が我が日本帝国の上に渦巻いているを見る。……その黒雲の一は、外患である。……如何なる楽天家たりとても、我が日本帝国の国際的位置は安全であると、断言し得る者はあるまい。吾人は決して恐怖症の患者ではない。されど我が帝国四囲の情態は決して常永であり平調であると云うを許さない。」

そしてこの『国民小訓』の政治思想は、井上哲次郎らがつくりあげた「国民道徳要領」にもとづいている。

ミアーズの『いのしし年』から「国民道徳要領」を見るのは、無駄ではないだろう。私は、ドゥルーズ研究と平行して、「国民道徳要領」をめぐって、日本人の心に潜む、あるいは沈殿した国家意識を分析するつもりである。

集団的自衛権と憲法9条:第4回;改憲の二つのテーマ

いずれドゥルーズの政治思想および法思想を扱わなければならないのではあるが、思想研究者としての私にとって、外国人の政治思想の分析ばかりやりながら、現在の日本の政治状況や法的状態については無関心でいるなどということは許されないと思っている。国会で安保関連法が可決され、経済的発展ばかりでなく地域安保にも寄与すると言われているTPPの道筋も見えてきた今、各政党は来夏の参院選挙に向けてそれぞれの立場を構築しているだろうが、参院選で与党が勝利すれば、憲法改正の具体的な動きが出てくるだろう。憲法改正の二つのテーマは、第9条の戦争放棄と第一条の天皇の象徴性であろうと思われる。

ところで、12月13日に日本ラカン協会大会シンポジウムで、ドゥルーズにおける「欲望」の概念に関する私の解釈を発表することになっており、自分の体調に配慮しながら原稿の準備に時間をさかなければならないのだが、いましばらく現在の憲法問題を考えてみたい。やがては、此の考察がドゥルーズ/ガタリの「原国家」という観念にからむはずである。

前回のブログの末尾で、センチメンタルな駄文を書いてしまったが、それは私が、たとえばポツダム宣言に含まれる第三項の後半を、英語原文から正確に訳すために噛みしめて読んだからではない。すなわち「抵抗するナチスに用いられたときの力は、全ドイツ国民の土地、産業そして生活方式を荒廃させたのだが、いま日本に集結しつつある力は、ドイツに用いられたその力に比べて計り知れないほど大きなものとなる。我々の決意が支える我々の軍事力の最大限の行使は、日本の軍隊の不可避的にして完全な破壊を意味し、また同じく必然的に日本本土の完全な破滅を意味するだろう。」という文章である。ナチスを攻撃した連合国の軍事力は、同時に全ドイツ国民の土地、産業、そして生活方式を荒廃させたのであり、日本に向けられようとしている軍事力は、ドイツに対するそれと比べて計り知れないほど大きく、その行使は日本軍の破壊ばかりでなく、日本本土の完全な破滅を意味すると宣言し、連合国は日本政府と日本軍を脅した。しかも、これは脅迫にとどまらず、実行に移されたのだ。だが私は、英語原文による脅しの表現の凄まじさを日本語に翻訳して悲しくなったのではない。

連合国最高司令官マッカーサーは、1945年10月近衛文麿に大日本帝国憲法の改正を示唆したと言われている。私がいささか悲しくなったのは、ポツダム宣言の内容を知っていたはずの日本の法律学者たちの憲法改正案を見てからである。

さて、近衛は佐々木惣一とともに憲法改正の原案作りに乗り出す。宮沢俊義は、当時の外務省に招かれ、憲法改正に関する講演を行う。

そこでまず、佐々木惣一が1945年11月に天皇に奉答した改正案「帝国憲法改正の必要」から見ていこう。

明治憲法(大日本帝国憲法)の第1条は改正されない。
「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之(これ)ヲ統治ス」

第4条も改正されない。
「天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬(そうらん)シ此の憲法の条規ニ依リ之ヲ行フ」
(「総攬」という漢語は、辞書が教えているように、後漢書などで用いられている言葉であり、「すべて掌握すること」を意味する。)

第五条も改正されない。
「天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ立法権を行フ」

第11条は、言葉を少し変更するが内容はそのままである。
「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」を、「天皇ハ軍ヲ統帥ス」に変える。

第20条も改正されない。
「日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ兵役ノ義務ヲ有ス」

第55条も改正されない。
「国務各大臣ハ天皇を輔弼(ほひつ)シ其ノ責ニ任ス」
天皇を輔弼する国務大臣の文民規定はない。

佐々木案は、明治憲法の76の条項を100まで増やしているが、根本的な変更は行っていない。

次に宮沢俊義による改正案いわゆる「宮沢甲案」を見よう。この改正案は、1946年2月1日に毎日新聞にスクープされ、明治憲法の根本的な改正になっていないと批判されたものである。これは、極東委員会(米・英・ソ連等11カ国で構成された連合国による最高日本管理機関)が日本国憲法改正についてリーダーシップをとる前に、マッカーサーがGHQ独自の憲法草案(現在の日本国憲法の原案)の作成を命令するきっかけになったものである。つまり、マッカーサーは、日本政府とその御用学者では、民主主ぎにもとづく憲法は作れないと判断したのだろう。

上で取り上げた佐々木案の条項にそくして、宮沢甲案を見ていこう

宮沢甲案第1条
「日本国ハ君主国トス」

宮沢甲案第2条
「天皇ハ君主ニシテ此ノ憲法ノ条規ニ依リ統治権ヲ行フ」

明治憲法の第5条はそのまま踏襲。
「天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ立法権を行フ」

明治憲法第11条「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」は削除。

明治憲法第20条の「兵役の義務」は削除。

第55条は踏襲。
「国務各大臣ハ天皇を輔弼(ほひつ)シ其ノ責ニ任ス」

こうしてみると、「天皇による軍の統帥」と「国民の兵役の義務」が削除された点だけが、佐々木案と異なっている。佐々木案も宮沢甲案も「天皇の統治権」および「天皇の立法権」を認めている。そして、天皇を輔弼する国務大臣の文民規定が欠如している。

要するに以上の二つの改正案は、天皇に統治権と立法権を認めて、国民に主権を認めていないのである。GHQが承認するわけがない。

日本の無条件降伏を要求するポツダム宣言の第10項ではこう言われている。
「日本政府は、日本国民における民主主義的傾向の復活と強化に対する一切の障害を除去しなければならない。」
占領軍は、これを日本政府が実行しないかぎり撤収しないという意志を示していた。

日本政府が無条件降伏をするまで、アメリカを中心とする連合国によって日本の一般市民が虐殺され続けたことについて、日本の政治家、軍人、法律学者たちはどう考えていたのだろうか。人間の目的は、「まず生存すること」であるのに。

日本市民が虐殺された直後に、法律学者たちは、根本において非民主主義的な明治憲法のささいな修正で占領軍(日本に民主主義(国民主権)を迫る虐殺者たち)の同意を得られると思ったのだろうか。佐々木と宮沢は、明治憲法は民主主義と両立するという彼らの理屈でアメリカ人たちをごまかせるとでも思ったのだろうか。

我妻榮は、1948年発行の『新憲法と基本的人権』(p150)で、明治憲法を次のように厳しく批判している。
「・・・その憲法(明治憲法)自体は国民の総意の表現でもなく、統治者と国民の協定でもなく、全く統治者の自律であるという意味で、前にわれわれの見た十九世紀前半の欧州諸国の憲法における基本的人権の保障とは、本質を異にするものだといわねばならない。穂積八束が、他国に例のない国体に基づく欽定憲法だと力説する理由はここにも存する。」

そしてこれを例証するために、我妻は明治憲法の憲法発布勅語から一節を引用している。
「国家統治ノ大権ハ朕(ちん)カ之(これ)ヲ祖宗(そそう)ニ承(う)ケテ之を子孫に伝フル所ナリ・・・朕ハ我カ臣民の権利及(および)財産ノ安全ヲ貴重シ及之ヲ保護シ此ノ憲法及法律の範囲内に於テ其ノ享有ヲ完全ナラシムヘキコトヲ宣言ス」
                                                                         (続く)

集団的自衛権と憲法9条:第3回

日本の無条件降伏を要求するポツダム宣言は、言うまでもなく、いわゆるカイロ宣言を踏襲している、そこでまず、カイロ宣言における日本観と対日スタンスの一部を見ておこう。
ところで、「カイロ宣言Cairo Declaration」とはポツダム宣言第8項に出てくる名称であり、国会図書館が公開している文書では、「カイロ声明 Cairo Communiqué」となっている。ルーズベルト(ロウズヴェルト)大統領時代のホワイトハウス報道官であったスティーヴン・アーリーの名前で、この声明は1943年12月1日にオートマティックにリリースされるべき(for automatic release)ものであり、それまでは絶対に機密扱いしなければならないとされている。いわゆるカイロ宣言の有効性を否定する議論もあるが、以上のホワイトハウス報道官スティーヴン・アーリーの指示からすれば、カイロ宣言が連合国にとって拘束力がある文書であることは明白である。また、ポツダム宣言第8項がカイロ宣言を継承する旨を告げているのだから、カイロ宣言の無効性を正当化することはできない。もちろん、カイロ宣言は、当時の連合国にとって「約束」としての拘束力をもつにすぎないのであって、現在のすべての国家を拘束するものではない。カイロ宣言もポツダム宣言も、領土問題に関しては、いわゆる「大国」の利権を確保するための意思表示である。

カイロ宣言(声明)のいくつかの文章を訳してみよう。

第2文「三大同盟国は、それらにとっての野蛮な敵国たち(their brutal enemies)に対し、海、陸そして空から仮借なき圧力を加える決意を表明した。」要するに、日本は三大同盟国(アメリカ、イギリス、中国)にとって「野蛮な敵国」とみなされ、「仮借なき圧力(攻撃)が加えられたのである。三大同盟国から、敵国とみなされれば、徹底的に攻撃されるということだ。そしてアメリカのこのような行動は、現在まで切れ目なく継続している。

第4文「三大同盟国は、日本による侵略(aggression)を制止し罰する(punish)ために、この戦争をしているのである。」欧米がおこなう戦争によって日本は罰せられたのである。もちろん、欧米による侵略は罰せられなかった。換言するなら、カイロ宣言では、日本による侵略は罰せられるべき「犯罪」であり、欧米による侵略は罰せられるべきではない、つまり「犯罪」ではないということになる。周知のように、このような欧米のダブル・スタンダードに不満をもつ様々な勢力が声を大きくしている。

つぎにポツダム宣言のいくつかの文章を訳そう。

いわゆるポツダム宣言(Potzdam Proclamation)の詳しい名称は、「日本の降伏のための条項(Terms)を規定する宣言」である。条項と訳したTermsは、ポツダム宣言第五項からすれば「条件」と訳せるのだが、その第8項からすれば「条項」とも訳せる。宣言の全項目の内容からすれば、「条項」のほうが穏当であろう。

第三項の後半「抵抗するナチスに用いられたときの力は、全ドイツ国民の土地、産業そして生活方式を荒廃させたのだが、いま日本に集結しつつある力は、ドイツに用いられたその力に比べて計り知れないほど大きなものとなる。我々の決意が支える我々の軍事力の最大限の行使は、日本の軍隊の不可避的にして完全な破壊を意味し、また同じく必然的に日本本土の完全な破滅を意味するだろう。」
そして、ポツダム宣言が発せられてから一ヶ月も経過しないうちに、アメリカは広島と長崎に原爆を投下し、日本の多くの都市に無差別爆撃をおこなった。

第六項の一部「日本国民を欺き、世界征服(world conquest)に乗り出すという間違った行動をとらせた者たちの権力と影響力は永久に除去されなければならない。」欧米は、日本の軍国主義を「世界征服」をもくろむものとみなしていた。

第11項の一部「日本が戦争のために再軍備をすることができるようになるであろう産業を日本が維持することは許されない。」
「日本が戦争のために再軍備をする」というのは、カイロ宣言とポツダム宣言の各文章からすれば、「日本が侵略戦争のために再軍備をする」ということを意味するだろう。では、「自衛のための再軍備」なら許されるのだろうか。

第7項ではこう述べられている「そのような(平和、安全および正義の)新秩序が設立されるまでは、そして日本の戦争遂行能力が破壊されるということの説得力ある証拠が存在するまでは、同盟国によって指定されるべき日本領土の諸地点は、我々がここに提示している基本的な諸目的の達成を確保するために、占領されるべきである。」
こうしてみると、日本の再軍備の不許可に関しては、侵略戦争のみが考慮に入れられていて、自衛あるいは防衛の考えは抜けていたと見るべきだろう。連合国にとっては、日本の侵略戦争のための軍備を破壊することが急務であって、日本が自衛することまでは考える余裕がなかったのだろうと思われる。

次は、SWNCC諸文書、マッカーサー・ノート、いわゆるケーディス修正、芦田修正などを見ていこう。その後さらに、マッカーサーによって翻訳の発行が禁じられ、ジョン・ダワーの著作(邦訳題名『敗北を抱きしめて』)によって黙殺されたヘレン・ミアーズの『アメリカの鏡・日本』を少しばかり見て、憲法第9条改正に関する私の考えを提示したいと思っている。

付記:今回、初めてカイロ宣言、ポツダム宣言の一部を英語原文から訳してみて、いささか悲しみに包まれてしまった。
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プロフィール

財津理

Author:財津理
思想研究家

連絡先:osamuzaitsu@gmail.com

主な翻訳(共訳を含む)
ドゥルーズ『差異と反復』(河出書房新社)
ドゥルーズ『経験論と主体性』(河出書房新社)
ドゥルーズ/ガタリ『哲学と何か』(河出書房新社)
ドゥルーズ『シネマ1*運動イメージ』(法政大学出版局)
モニク・ダヴィド=メナール『ドゥルーズと精神分析』(河出書房新社)
メルキオール『現代フランス思想とは何か』(河出書房新社)
メルキオール『フーコー 全体像と批判』(河出書房新社)
オニール『言語・身体・社会』(新曜社)

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